56 駆け引き
「リュカ君、さっきの探査魔法だけど、どこで教えてもらったのかな? あれは王宮の密偵部隊の十八番でね。君が知ることはまず無理なんだよねー」
笑顔だがユーゴの瞳は笑っていない。その目をリュカはよく知っている。
――疑っている。
こういう時のユーゴは容赦ない。嘘はすべて見透かされることは前世で経験済みだ。
――団長には嘘が通じない。正直に言うのが賢明だろう。
「すみません、言えません。これは教えてもらった人との約束ですので」
嘘は言っていない。現に密偵部隊の時の先輩に教えてもらった時に他の者には言うなと言われたのだ。
リュカはじっとユーゴの目を見る。少しの間2人は見つめ合う形になった。緊張感が走る。ジンもその間何も言わない。どういう状況なのか分かっているからだ。
そして最初に視線を外したのはユーゴだった。リュカにどんなに聞いても言わないだろうと判断したからだ。ユーゴは小さく嘆息し言う。
「これ以上聞くのはやめておくよ。聞いても無理そうだからね。時間の無駄だ」
「……」
小さく安堵のため息をつくリュカにユーゴは苦笑しながら言う。
「君と話していると、なぜか王宮魔術師団の部下と話している感覚になるんだよね。たぶん君の仕草や言動がそう思わせるんだろう。それに僕のことをよく知っている感じだ。それはなんでかな?」
「……」
リュカの瞳が少し揺れる。その反応にユーゴは片方の口角をあげた。
「どうも困らせてしまったようだ。僕の質問が悪かったね。忘れてくれ」
「……」
「それにしても君の魔力はうちの魔術師団にほしいね。卒業したら魔術師団に入る気はあるかな?」
いきなり聞かれリュカは応えに窮する。
魔術師団は嫌いではない。自分に合った仕事だと思っている。
だが今時点で魔術師団になるのかと言われたら、「はい」とすぐに返事をすることが出来ない。時を戻した理由――前世でマティスから最後に託された願いがあるからだ。
「……まだわかりません」
「なぜだい?」
「確かに小さい頃からの憧れでありました。ですが、今自分が一番やりたいことなのかと言われれば、違う気がするんです」
するとユーゴは言う。
「そうか。君は何かやりたいことが他に出来たんだね」
そう言われ、確かにそうだとこれだけははっきり言える。
「はい」
「そうか。じゃあやりたいことが達成できたら魔術師団に入団してくれ」
「え?」
「別に卒業してすぐに魔術師団に入らなければならないというルールはないからね」
「そうですが……」
「じゃあその時を楽しみに待っているよ」
「いや、あの……」
慌てるリュカにユーゴは笑顔を見せる。
「僕はこれで失礼するよ。彼女ももう限界のようだから」
そう言ってアイラへと視線を向ける。確かにアイラはずっと黙っているなと思い見れば、立ったまま体をゆらゆらさせて目が閉じている。
「おい。大丈夫か?」
リュカが声をかけするとアイラは虚ろな目をしたまま、
「あ、ごめん、目が瞑っていって……」
と言い意識を手放し、足から崩れ落ちた。
「なっ!」
リュカは慌ててすぐにアイラを抱き抱え倒れるのを阻止する。
「相当疲れていたんだね」
ユーゴはリュカに抱き上げられたアイラの額に手を当てると、癒やし魔法をかけた。そしてリュカへにぃっと笑う。なんだと思っていると、
「あ、ごめんね。君の仕事を取ってしまったね」
「は? 別にそういう関係じゃないです」
ムッとして否定すると、
「僕は何も言ってないよ」
と笑顔で返された。なぜか恥ずかしくなり耳を真っ赤にする。そんなリュカにジンは苦笑し、ユーゴは微笑む。
「アイラ君もそうだけど、君ももうけっこう限界でしょ?」
「……」
「あれだけの魔法を使えば誰でも疲れる。彼女を助けるためだったとしても、もう少し配分を考えたほうがいい。何十匹もいたヒルすべてを一瞬にして燃やしたんだろうからね」
「は? 一瞬だと?」
それにはジンが驚き叫んだ。
「あの人食いヒルは一度に倒さないとどんどんと凶暴化する。ましてや1匹単位で倒したとしたら最悪だ。その倍の数が一気にスピードを上げて攻撃してくるからね。それを知っていて君は一気に倒したはずだ」
「……」
「君は知識も豊富だね。その歳でどこでそこまで知ったんだろうねー」
「……」
「その辺のことはまた今度ゆっくり話そう。ジンもまたね」
そう言うとその場から消えた。
ジンは嘆息する。
「ありゃ、お前のこと気付いていそうだな」
それはリュカが時間を戻したことだ。それに関してはリュカも同意見だ。
「そうですね……」
ユーゴのあの言い方はそう取ることが出来る。確信に迫ることは、あえて言ってこなかったのだ。いつも直球に聞いてくるユーゴではあり得ないことだった。
「いいかリュカ。そうだとしても絶対に先輩には時を戻したことは言うなよ。どれだけ聞かれても誤魔かせ」
まさかジンが隠せと言うとは思わなかった。ユーゴはジンにとっても信頼出来る先輩だと認識していたからだ。
「なぜ?」
「どれだけ信用出来る人物でも、お前のそれは言うのは得策とは言えねえ」
「まったく信用してなかったジン先生に俺は話しちゃいましたけど?」
「俺はいいんだよ! 『国守玉の脚』だし、国守玉から任されているからな。だが他の奴らは違う。小さな綻びが大きな穴に変わることだってあるからな」
そこでリュカは思い出す。
「うちの父にばれました」
「はあ? なぜ!」
ジンは驚き叫ぶ。
「実は父も時を戻したらしいんです。それをジン先生の父親に見つかったと言ってました」
「あー……お前の父親、俺の父親と知り合いだったな」
「はい」
「経験者なら気付くだろうな。まあお前のあの父親なら大丈夫だろう。あの人は良い意味でこの国に興味がない」
確かにそうだとリュカは鼻で笑う。オーエンは基本家族が大事なのだ。ちなみに兄のエタンはリュカが大事だ。
「俺の父親に会ったことあるんですか?」
「ああ。子供の頃何回か会ったことがある。お前とお前の兄と違って破天荒な人だよなー」
ジンは苦笑しながら言う。
「そうですね。兄と俺の性格は母親似だとよく父が言ってました」
「そんな感じだな。だがお前の魔力量は父親譲りだな」
リュカの父親も魔力が強かった。だから時を戻す魔法が出来たのだ。
「よく俺の父親が言ってた。お前の父親は魔力を隠しているとな」
それはリュカも分かっていた。父親のオーエンもリュカと同様魔力を隠しているからだ。だから父親の魔力量は分からない。だが本能的に自分と同等はあるのではないかと思っている。
「さあ、まずお前も休め。もうそろそろ限界だろ」
「これくらい大丈夫です」
回帰前はこのぐらい日常茶飯事だった。
「前も言っただろう。今のお前は発展途上の体だ。無理をすると起きれなくなるぞ。アイラを貸せ」
ジンはリュカからアイラを奪うように抱き抱えベンチに寝かすと、リュカの額をトンと突いた。
「なっ!」
刹那、リュカは力が抜け意識を失い膝から崩れ落ちた。それをジンが右手で抱き抱え呟く。
「ほんと我慢しやがって。魔術師団長じゃあねえんだから、もっと気を抜け。ばか」




