53 転移された場所は?
「なに呑気なことを言ってるんですか。これはそういう軽い悪戯目的の代物じゃないです。これはれっきとした相手を殺す目的の本格的な殺戮道具です」
「!」
ジンは目を見開く。
「ってことは、隣り街じゃなく、命の危険がある場所に送られたってことか……」
リュカはギッと奥歯を噛みしめる。
「だから早くアイラを見つけないと危ない!」
ジンはすうっと血の気が引く。この類いのものはどこに転移したのか分からないため、見つかった時には手遅れのケースがほとんどだ。
「最悪だ。どこに飛ばされたのか分からねえじゃねえか」
「先生」
「なんだ?」
「後は頼みます」
そう言い残しリュカは一気に空へと浮上していく。そこでジンはリュカが何をしようとしているのかに気づき叫ぶ。
「おい! まさかあれをやるんじゃねえだろうなー!」
するとリュカはジンを見て笑った。その顔を見て自分の考えが正しかったと確信する。
「おい! ここでそんなもん使ったらお前の魔力量の多さが学園にばれちまうぞ! 分かってるのか!」
だがアイラを見つけるには、この魔法しかないことも確かだ。
「くそ!」
ジンは両手を胸の前で合わせる。すると体全体が金色に光り、学園全体へと広がり黄色い結界が張られた。
「ったく、これは国守玉の時に使う結界なんだぜ。お前に使うもんじゃねえっつうの!」
国守玉が廃除した魔獣や『国守玉の肢体』に閉じ込められた魔獣や魔物を倒すために使う国守玉から与えられた特殊な力で作る結界だ。どんなに強い魔法でも壊すことができず、魔力も外に漏れない頑丈な結界になっている。その反対に結界の外の魔力も中は感知できない。
――これで学園のやつらにはばれないだろうが……。
ジンは1人の人物――ユーゴを浮かべる。
「学園は俺が何とかしてやるが、ユーゴ先輩は俺の管轄外だからなリュカ。自分でどうにかしろよ。だから絶対にアイラを見つけて救い出せ!」
空高く上がったリュカは、足下――学園全体にジンの結界が張られたことを確認する。
――さすが先生だ。これで全力で出来る。
そこでユーゴの顔が浮かぶ。
――ユーゴ団長にはばれるだろう。あの人は一度知った魔力は誰のなのか記憶しているからな。
だがそんなことを気にしている場合ではない。アイラの命が危ないのだ。
リュカは魔力を解放する。自身が今できるすべての魔力を注ぎ込み、国全土を範囲に空全体に見えない魔法陣を展開し、アイラの魔力を感知する魔法をかける。探索魔法の一種だ。
――どこだ! アイラ!
だがアイラの魔力を感知できない。そこでアイラの魔術魔力が少ないため感知できにくいことに気付く。
――ひっかからないとなると、遠い場所か地下か!
前世で知りうる危険な場所を重点的に探す。
――殺戮魔道具ならば飛ばされる場所は限られている。
前世で何度かこの殺戮魔道具を目にしたことも、使ったこともあった。その転移先は一度に何人もの命を奪える強い魔獣がいる場所や、もがき苦しむ毒ガスが充満する場所など壮絶な場所ばかりだ。
そして見つける時間が遅くなればなるほど生存率は落ちる。
――お願いだ。間に合ってくれ!
その頃アイラはいきなり飛ばされた場所を見て固まっていた。
「ここは……どこ?」
今まで学園の中庭にいたはずだ。だが今自分が見ている風景はそれとはかけ離れた場所だった。そこは真っ暗だがどこかの地下だということだけは分かった。少し動くと足下がカシャカシャと軽い音がする。軽石が敷き詰められているようだ。
「これって飛ばされたのよね? まさか気に入らない奴をどこか遠くに飛ばすっていうあの悪戯の魔道具だったってやつ?」
使ったことはないが話には聞いていた。だがそれはどこかの隣り街に飛ばされるほどのものだったはずだ。だが今アイラが居る場所はどうみても街ではない。
真っ暗で何も見えないためポケットから杖を出し、杖の先に明かりを光らせ周りを照らす。見れば、かなり大きな縦長の鍾乳洞の中のようだ。
そして視線を足下に向けた瞬間、息を呑む。石が敷き詰められていると思っていたものは、人間の骨が砕けて散らばったものだった。
――なに、ここ……。
ゾッとして洞窟全体が見渡せるように明かりを天井に灯す。すると洞窟の奥に蠢くものがいることに気づいた。
「なに?」
目を凝らして見ると、そこには1メートルはある人食いヒルが大量にいた。アイラは目を瞠る。
「!」
――リゼットは私を本当に殺そうとしてたの?
疑問が沸く。だが今はそんなことを考えている場合ではない。光を感知したヒルの大群が獲物を見つけたとアイラに向かって動き始めたのだ。まずこの状況をどうにかしなくてはならない。
リュカとの特訓を思い出す。
――まず自分に結界。
だが焦りからかうまく結界を張ることが出来ない。そうこうしているうちにどんどんとヒルの群れがアイラへとイモムシのようにぐにゅぐにゅさせながら近づいてくる。アイラは結界を諦め後ずさりする。
――どうやって倒す? やっぱり火魔法?
杖を構え火魔法を繰り出そうとするが出ない。
「なんでこういう時に出ないのよ!」
何度も繰り出そうとするが、やはり出ない。そこで気付く。
――ここには精霊がいないんだ!
アイラの魔術は精霊魔法を魔術魔法に変換して使っている。それは周りにいる精霊がアイラに力を貸しているものだ。だがここは精霊がいないため、精霊魔法がでないのだ。
――魔術も精霊魔法も使えないなら、どうにか助けが来るまで持たせなければ……。
と思った瞬間、さあっと青ざめる。
――助けってなに? この場所に転移させられたことなんて誰も知らないじゃない。助けなんてこないわ!
絶望が押し寄せる。
すると背中が壁にぶつかった。
「!」
もう後ろに下がることができなくなってしまった。だが何百匹いるだろうヒルの群れはもう目の前まで迫ってきていた。アイラは恐怖と絶望でその場に崩れるように座り込み俯く。
――ああもう駄目だ……。ここで死ぬんだ……。
回帰前の牢屋で背中から刺され、胸から血が大量に流れ落ち、痛さで倒れる映像と感覚がフラッシュバックする。
――またあの時と同じで1人で死ぬんだ……。
そう思った時だ。
タンっとアイラの目の前に誰かが降り立った。




