52 リゼットの罠
アイラは食堂を出ると、外で待っていたマティスの護衛のケインとギルバートと目が合った。何事もなかったように頭を下げてその場を早足に離れる。
――はあ。勢いで逃げてきたけど、やっぱりまずかったかなー。
少し後悔しながら当てもなくぶらぶらと廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あら? アイラさんじゃない」
誰かと振り向けばリゼットだ。
「リゼットさん……」
また会いたくない人物に会ったとアイラは内心嘆息する。
「あ、良いところで会いましたわ。ちょっとお手伝いしてくれないかしら?」
「手伝いですか?」
「ええ」
とてもかわいらしく微笑むリゼットを見てアイラは目を細めて警戒する。この笑顔の裏に見え隠れする自分に対しての敵意が感じられるからだ。
――相変わらずね。
「実は魔術玉を落としてしまったの」
「魔術玉……ですか?」
「ええ。午後から授業で使うのよ。さっき慌てていたらどうも鞄から落ちちゃったみたいで。友達にも頼んで探してもらっているんだけど見つからなくて。だからアイラさんも一緒に探してくださらないかしら」
確かに授業で使うのならば必要だろう。リゼットの企みにまんまとはまるようで気分が悪いが、リゼットの後ろにいる女子生徒の取り巻き達が見ている中、断ったら何を言われるか分からない。ならばここは波風たたせずに引き受けるのが賢明だろうと考え引き受ける。
「わかったわ。探してみるわ」
「ありがとう。アイラさん優しいのね」
大袈裟に言うリゼットにアイラは顔を引きつらせる。
「じゃあアイラさんは中庭を探してもらえるかしら。私達は中を探すから」
――なぜ場所指定? それに私1人で中庭っておかしいでしょ。
喉まで出かかった文句をぐっと飲み込み言われた通りにする。
「わかったわ。中庭を探せばいいのね」
「ええ。じゃあ見つかったら教えてね」
満足げな笑顔を見せたリゼットは、取り巻きの女子生徒達を連れて去って入った。アイラはため息をつく。
「はあ。まあ時間も余ってるし、中庭をぶらぶらするかー」
アイラは中庭へと向かう。外に出るとあまりの寒さにブルッと体を震わす。
「さむっ!」
雨が降りそうなどんよりした天気で寒いためか中庭には人1人いない。
「こんな寒い中リゼットがここに来るなんてあり得ないわ。どうせ私への嫌がらせね」
前世でもそうだった。マティスと仲がよかったアイラが気に入らず、嫌みは日常茶飯事で、事あるごとに色々な嫌がらせや悪戯をアイラにしていたのだ。
「今回は何を企んでいるのか……」
口角を上げて楽しむように呟く。リゼットの悪戯や嫌みは分かってしまえばかわいいものだ。前世からの慣れもあるが、自分の精神年齢が上がっているからかもしれない。
すると道の真ん中に魔術玉が落ちていた。
「……」
アイラは立ち止まり目を細める。
「なんで道のど真ん中に置いてあるのよ。普通もう少し見つかりにくいところに隠さない?」
拾うために魔術玉の前まで来るが、そこで足を止める。なぜか魔術玉に違和感を感じるのだ。ここ何回か魔術玉を使ったが、このような異様な気配を感じたことはなかった。
「なに?」
体が警音を鳴らす。あまり触らないほうがいいと本能が言っている。
「どうしようかな。リゼットをこの場所に呼んでくるのがいいかな」
そう思い踵を返した瞬間、魔術玉を中心にアイラを囲むように地面に魔法陣が現れた。
「!」
刹那、光ったと同時にアイラが魔法陣に吸い込まれるように消え、そこには魔術玉だけが残された。
その様子を影から見ていたリゼットがゆっくり姿を現わす。
「うまくいったわ。これでちょっとはすっきりね」
そう言って魔術玉を取り上げようと触ると、バチっと静電気のようなものが走る。
「くっ!」
リゼットは手を引っ込め顔を歪ませる。
「いたー! もう! 触れないじゃない! あの店主、不良品渡したわね」
魔術玉はきのう露店の魔道具店で購入したものだ。
この魔術玉には転移魔法が付与さえており、気に入らない人物を隣りの街まで飛ばしてくれるという一般的に知られよく売られているちょっとしたイタズラ目的の魔術玉だ。
「今頃あの子、隣り街に飛ばされて困ってるころね。いい気分だわ」
リゼットは笑みを浮かべていると、走ってくる足音がした。誰かと思い振り向けば、リュカとジンだった。
「リュカ君! どうしたの?」
笑顔を見せるリゼットにジンが質問する。
「君の足下にあるその魔術玉はなんだ?」
「え?」
リゼットは足下の魔術玉に視線を落とす。
「この魔術玉ですか? 知りませんわ。私も今ここに来たばかりなので何かしらと思っていたところです」
「それは君のじゃないんだな?」
「ええ。違いますわ」
「じゃあ拾ってもらえないかなー」
ジンの頼みにリゼットは一瞬真顔になるがすぐに笑顔になり、
「ごめんなさい。私急いでいるので。じゃあまたあとでねリュカ君」
そう応えるとその場を去って行った。それを見送りジンが嘆息する。
「拾わなかったということは、ありゃこの魔術玉のこと知ってるな」
「ですね」
リュカは近くに落ちている木の枝を拾い、バチバチと小さな音を立てている魔術玉の前に来てしゃがむと、その枝で魔術玉を突く。
「さっきの魔力はこれか」
「ええ」
少し前のことだ。リュカとジンは食堂を出て廊下を歩きながら食堂であったことをリュカはジンに話していた。
「なるほど。どうにかアイラの悪い噂を払拭しようとマティスが好んでアイラに会いに行って周りの者にアピールしようとしたわけか」
「はい」
「だがアイラは前世の経験から何かを察し逃げる口実で俺の名前を出したってわけだな」
「そうです」
リュカは苦笑いをし頷く。
「それにしても好意を持った女に避けられるとは殿下もかわいそうに」
「仕方ないですね。アイラはマティスと関わりたくないと思ってますから」
「だよなー。それに殿下の行動もちょっとズレてるからなー。殿下が自分から動いても結局一般市民のアイラには良い噂はたたないからな。余計悪く言われるだけだ」
「ええそうですね」
「で、アイラはどこに行った?」
「たぶんその辺で時間を潰していると」
その時だ。
リュカとジンが異様な魔力を感知する。
「なんだ?」
「中庭からだ」
リュカはそう言うと走り出す。
「お、おい!」
ジンもすぐに追いかける。そして魔力を感じた中庭に来てみれば、リゼットが魔術玉を見て立っていたのだ。
リュカは魔術玉に手を翳す。するとバチバチいっていた魔術玉が大人しくなった。そして魔術玉を手に取ると、1度目を閉じる。そしてまた開けると目の瞳に魔法陣が現れた。それを見たジンは感心する。
――探索眼か。さすが元密偵部隊だな。
探索眼は密偵部隊が得意とする魔術だ。何の魔術が使われたか、何を行われたかと探るものだ。
「やはり転移魔法です。アイラが飛ばされたみたいです。早く探さないと!」
焦るリュカにジンは言う。
「あの嫌なやつをどこか遠くに飛ばすっつう嫌がらせのイタズラ魔道具だろ? 懐かしいな。小学生の低学年の時にムカつく先生がいたから飛ばしてやったんだ」
「え……」
「校長や親からこっぴどく怒られたけどな」
「当たり前でしょ」
リュカは呆れ顔で言う。
「若気の至りだ」
「いや、若すぎるでしょ」
小学生でやる悪戯ではない。
「じゃあ隣り街にアイラはいるってやつか。あいつも大変だな」
肩を窄ませ言うジンにリュカは真剣な表情で言う。
「なに呑気なことを言ってるんですか。これはそういう軽い悪戯目的の代物じゃないです。これはれっきとした相手を殺す目的の本格的な殺戮道具です」
「!」




