51 マティスと食堂で
マティスがアイラをチームに誘ったことは瞬く間に学園中に広まった。
「身分違いの恋ではないか」
「殿下の片思いでは?」
「殿下がただ情けをかけているだけよ」
など、良くも悪くも学園中の話題になっていた。
「いい加減にしてほしいわ」
お昼休み、教室で売店で買ったサンドウィッチを食べながらアイラは言う。学食を食べに食堂へ行ったら全員がアイラへ視線を向け、ヒソヒソ話をし始めたのだ。それに堪えられなくなりアイラはサラと教室に戻りサンドウィッチを食べているというわけだ。
「仕方ないわよ。今アイラは時の人だもの」
「殿下のせいで、おだやかに学園生活を送ろうとしていた計画がおじゃんよ!」
「アイラって変わってるわね。普通殿下に気に入られたら喜ぶのに」
「なんで喜ぶのよ」
「だってもしかしたら次期王妃になれるかもしれないのよ」
「サラはなりたいの?」
「まさか。私も変わり者よ。なりたいわけないじゃない」
手をパタパタさせて言うサラは確かに変わり者だ。貴族令嬢ならば髪を伸ばすのが常識なのに、サラはショートにしているのだ。その理由が短い方が楽だかららしいが。
「じゃあ私達、変わり者同士ってことね」
「そうね」
2人は顔を見合わせて笑うのだった。
そして放課後アイラはマティスに呼び出された。ケインが迎えに来たため、断ることも出来ずに指定された会議室に行くと、マティスは開口一番アイラに謝った。
「アイラ、きのうはすまなかった。アイラの言う通りだ。ほんと、僕はだめだな……」
マティスは申し訳なさそうに言う。
「分かってもらえればいいわ」
「それより、もう体調はいいのかい?」
毒キノコのことを言っているのだとアイラは顔を引きつらせる。
「もう大丈夫……」
「そうか。よかった。キノコは素人が勝手に取って食べない方がいい」
「あ、う、うん……」
――私、食べてないー! ジンめ!
アイラはここにはいないジンに心の中で文句を言う。
「調べたんだが、その……けっこう酷いこと言われたり、悪戯されたりしているんだね……ごめん」
マティスはあえて口に出さずに濁す。
――そうよ。あなたに媚びを売ってる。執拗に言い寄っているなど言われてるんだから。
アイラは心の中で訴えるが、今日はケイン達がいるため言えるわけがない。そう思っているとマティスが意味深いことを言ってきた。
「だから悪い噂を払拭しようと思う」
「え?」
どういうことだとアイラは眉を潜める。
「何をする気?」
「別に特別なことはしないよ」
そう言って笑顔を見せるマティスに一抹の不安を抱く。そしてその意味は次の日の昼に分かった。アイラ達の食堂にマティスとリュカがやってきたのだ。
一緒にいたサラ、ライアン、カミールはマティスに唖然とする。
「で、殿下……これはどういうことです?」
一応敬語で質問すると、マティスはすぐに反応した。
「アイラ、なんで殿下なんだい? いつもマティスって呼んでるじゃないか。それにいつも通りのため口だろ?」
マティスの言葉に、サラやカミールは「は?」と無礼極まりないと言う顔を向け、ライアンとリュカは知らぬ顔をする。
「い、いや、みんなの前だし……」
「いやだなー。そんな言い方だと、僕とアイラが特別みたいじゃないか」
「なっ!」
アイラは顔を真っ赤にする。
「ち、違うわよ! そういう意味で言ったわけじゃないわよ! ただ私は時と場合によって変えているだけであって!」
「あはは。わかったから。ごめん、ちょっとからかっただけだから」
マティスは笑いながら言う。それを見てリュカとサラは呆れ、カミールは笑った。
アイラも「もう」と嘆息し、気持ちを落ち着かせて訪ねる。
「皇太子が護衛をつけずにこっちの一般食堂に来て大丈夫なの?」
見ればケインとギルバートがいない。
「リュカがいるからね。それにみんなと気兼ねなく話したいし」
マティスはそう言うが、これはアイラに警戒されないようにという配慮からだとリュカは分かっていた。前世でもそうだったからだ。王宮でアイラと会う時はいつもリュカを護衛に付けていたのだ。最初なぜか分からず訊ねたら、
「アイラは僕がリュカを連れている時の方が昔のように少し柔らかくなるから」
と教えてくれたが、その言葉の意味が分からなかった。
だが今なら分かる。マティスは学生の頃の表情豊かなアイラのことを言っているのだ。
――確かに王宮の時のアイラより今のアイラの方がいいな。
今も表情を露わにして話しているアイラは生き生きしている。王宮の時のアイラはどことなく死んだ目をしていて切羽詰まっていた感じだった。今ならアイラの感情が分かる。最近毎日のように一緒にいるからだろう。少しの表情で分かるようになっていた。
そうなると、前世の王宮の精霊魔法士長の時のアイラはどうだっただろうかと考える。元々表情豊かだったアイラだ。少し表情がなくなったとしても絶対違っていたはずだ。そう思い事あるごとのアイラの表情を思い出せば、今ならすべてその時のアイラの感情が分かった。
マティスといる時、やはり少し学生の頃に戻っていた。
マティスの気持ちに気付きながらも鬱陶しいと思っているアイラ。
マティスの性格にイライラしているアイラ。
リュカに対していつも警戒し、何を考えているのか分からないという顔を向けるアイラ。
聖女ソフィアが偽物だと真剣に訴えているアイラ。
汚名を着せられ、まったく身に覚えがないという顔を見せるアイラ。
どうにか嘘を突き止めようとしているアイラ。
そして……刺されて悔しさと悲しさが入り交じる表情をし、最期にはリュカの胸で安堵の顔を見せたアイラ……。
あの時は助けられなかったという無念しかなかった。だが今は違う。悲しみと怒りが込み上げる。
自然と眉間に皺を寄せ拳を握るリュカにアイラが声をかけてきた。
「リュカ? 大丈夫?」
ハッとして見れば、なにかあったのかという顔を向けている。そんなアイラを見て表情を和らげ微笑む。
――こいつも俺の考えが分かるんだな……。そりゃそうだ。俺よりも人の気持ちを理解するやつだからな。
「いや。なかなか上達しない出来の悪い弟子を思っていただけだ」
「!」
自分のことを言われたと分かり、からかわれたとムッとしてリュカを睨む。それすらも分かる自分。
そこでマティスにアイラは知り合いじゃなくて友達だと言われたことを思い出す。
――確かに知り合いのレベルではないな。
まさかマティス以外に深く関わる人物が現れるとは思わなかった。
フッと笑ると、
「何笑ってるのよ」
と、自分のことで笑ったと思ったアイラが口を尖らせて言うので「別に」とだけ応えれば、文句を言いたげな顔を向けている。ほんと分かりやすい。
するとサラがマティスに声をかけてきた。
「殿下、ご飯食べました?」
「いや」
「じゃあ一緒に食べませんか?」
「サラ!」
アイラが咎めるように言う。
「いいじゃない。皇太子と話せるなんて今しかないんだから。ねえ? 殿下?」
「サラ、その態度いいの?」
カミールが冷や汗を掻きながら言う。
「別にいいでしょ。さっき殿下もアイラに言ってたじゃない。アイラもため口で話してるって。じゃあ私達もいいんじゃない? それに殿下は気にしないタイプよね?」
サラがそうマティスに質問すると、マティスも「ああ。そうだね」と笑顔で応えた。
「ほらね」
頬杖を付き笑顔で言うサラはある意味アイラよりも肝が座っている。すると今まで黙っていたライアンが、
「殿下には庶民の味は合わないと思うぜ。無理するな」
と、肩肘をたてムッとしながら言う。そんなライアンにマティスは微笑む。
「大丈夫だよ。僕はけっこう何でも食べるから」
そう切り返えされライアンは「そうかよ」とぷいっと横を向いた。この前のように喧嘩を売るようなことはしないが、やはり機嫌はよくないようだと皆は苦笑する。するとサラが突拍子もないことを言った。
「ねえ、殿下ってやっぱりアイラに気があるの?」
「え?」
マティスは目を瞬かせ、サラ以外全員驚き目を見開く。アイラは慌てふためき言う。
「ちょ、ちょっと何聞いているのよサラ!」
「だって一番気になるじゃない。今度の大会もそうだけど、よくアイラを誘いに来てたし、今もこうしてアイラに会いに来てるじゃない? どう見ても何かあるって思うじゃない」
「そうだけど、普通本人に直球で聞くかい?」
カミールが苦笑しながら言う。
「別にいいでしょ? 私、気になることはちゃんと聞く主義なのよ。で、どうなの?」
サラは片方の口角をあげマティスに尋ねる。するとマティスは、
「どうだろうね。でもアイラのことは他の子達よりも好きだよ」
と笑顔で応えた。それにはアイラは驚きマティスを見る。
「な、なにを言いだすのよ! もう少し言い方を考えなさいよ。誤解されるじゃない」
「別に間違ってないよ。本当のことを言ったまでさ」
冗談なのか本気なのか分からない表情で言うマティスにアイラは顔を引きつらせる。前世でアイラに好意を寄せている時の最初の頃のマティスと同じなのだ。
――絶対にこれはやばい。
これでは前世の二の前になってしまう可能性がある。これ以上ここにいては駄目だと離れることにする。
「あ! ジン先生に呼ばれているの忘れてた! ごめんちょっと行ってくる」
アイラはそう言って立ち上がり食堂を出て行った。それを見たサラとリュカは「あ、逃げた」と嘆息する。
するとそこへアイラと入れ替わるようにジンがやって来た。
「あれ? 珍しいなー、殿下がこんなところにいるなんて」
マティスやサラ達は、なぜここにジンがいるのかと言う顔を向ける。するとリュカが言う。
「先生、今アイラ行きましたよ。先生と約束していたの忘れていたみたいですよ」
「え? 俺はそんな約束――」
そこでジンは言い止す。それはリュカが凄い剣幕で睨んでいたからだ。
「お、おう。そうなんだ。あいつ来ないから迎えに来たところだ」
「今出て行ったばかりなので追いかければ追いつくと思いますよ」
「そうか。あ、リュカ、お前にも用事があったんだ。一緒に来てくれ」
「は? なんで俺も」
「いいから、こい。あ、殿下、リュカ借りるぜ」
ジンはそう言うとリュカを連れて食堂を出て行った。
「リュカまで行っちゃった」
マティスは苦笑する。
「いいじゃないですかー。殿下はここで私達と楽しくやりましょ」
サラは笑顔で言うと、カミールも頷く。
「そうだね。僕も殿下と久しぶりにゆっくり話して見たかったしね」
そこでカミールがいることにマティスは気付く。
「カミールもいたのか?」
「ひどいなー。僕に気付かないなんて」
「ごめん。まさか君だとは思わなかったんだ」
マティスは軽く謝るとカミールも笑顔で言う。
「冗談だよ。さあライアンも入れて4人で話そう」




