45 リゼットの猛アタック
結局ジンは色々調べたが、誰が魔獣を国守玉に召喚させたのかわからずじまいだった。
マシューと言えば、上に立つ立場でありながら無責任な所作は目に余るものがあると副団長の座を降ろされた。大惨事にはならなかったが、マシューがしたことは王宮の安全を守る者として絶対にあってはならないことだったため、ユーゴが厳しく処罰した形だ。するとマシューは納得がいかないと魔術師団を退団して出ていった。
それを聞いたリュカは、形は違えど前世と同じになり魔術師団にとってはよかったと安堵した。
そしていつもの日常が戻って来た。
リュカは朝登校し、自分の教室に入るといつもの光景が広がっていた。
それはいつもマティスが何人もの貴族の生徒に囲まれている光景だ。
貿易商の息子に大臣の娘、男爵の息子に大手商社の伯爵の息子とそのライバル社の伯爵の娘など、ざっと見ただけでも位の高い貴族の出の者ばかりだ。やはり次期国王となるマティスに気軽に話しかけれる学生のうちにどうにか友達や親密な関係になっておこうと皆必死のようだ。
リュカはその横を通り過ぎ自分の席に着く。すると1人の男子生徒がやってきた。国王の現側近のバリエ伯爵の息子のローランだ。
「リュカ。お前、最近Eクラスのバカどもとつるんでいるみたいだな」
相変わらずだとリュカは無視をする。
ローランは典型的な貴族のお坊ちゃまだ。親の地位と影響力を自分の権威だと勘違いして自分の家よりも低い地位の学生達を見下している。特に貴族以外は人間とすら見ていないところがあった。
そして伯爵という爵位は同じだが、マティスから特別扱いされているリュカにライバル心を燃やし、よく突っかかってきていた。
「あんなバカの能なしばかりのEクラスの奴らと一緒にいて何が楽しいんだろうな」
リュカの机の上に尻を乗せながら言うローランにリュカはやはり無視する。その態度が余計にローランをイライラさせた。
「無視してるんじゃねえよ! 何様のつもりだ? ろくに魔力もないくせに、よくのうのうとこのクラスにいられるなー」
リュカは魔力を隠し、魔術の技術の授業の時も魔力を抑えている。だからかAクラスの者達にはリュカはギリギリAクラスに入れた者だという認識になっていた。
「あ、そうか。レベルがほとんど一緒だから、あいつらといた方がいいんだな。ならとっととAクラスやめてEクラスにしてもらえ。なんなら俺が先生に頼んでやるぞ」
何を意味が分からないことを言っているのかと思っていると1人の女子生徒が横にきて声をかけてきた。
「ちょっとローラン君! そういうことを言うのはリュカ君にとても失礼よ」
見れば同じクラスのリゼット・シャトレだ。父親はシャトレ財閥の社長で、魔術師が使う魔道具や武器を製造販売だけでなく、宝石の加工製造まで幅広く手がける伯爵の爵位を持つ人物で貴族からの信頼も厚い。その1人娘で、見た目も美人でスタイルもよく、シルバーウエーブの腰まである髪が女性らしさをより引き立てている。そしてクラスの生徒達からも男女問わず人気があった。
「本当のことを言っただけだ。こんなやつがマティス殿下と一緒にいること自体おかしいんだ。幼なじみだからっていい気になるなよ」
「別にリュカ君はいい気になっていないわ! リュカ君はマティス殿下のことを主君としていつも気にかけているだけよ。幼い頃から殿下を守ろうという忠誠心に満ちた護衛の鏡のような存在だと言ってもいいと思うわ。そんな人はリュカ君以外いないから殿下もリュカ君のことが大好きなのよ」
リュカはその会話を聞きながら不機嫌に目を細める。リゼットの説明は強ち間違っていないが、誇張されているせいか、まったく違う意味に聞こえて否定したくなるのだ。そしてリゼットが自分のことを何でも知っているかように話すのがどうしてもいい気がしない。
そんなリュカにお構いなしに2人の口論はいつもヒートアップしていく。
リュカは基本ローランからの罵倒は無視をしている。だがなぜか最近いつもリゼットが今のように割り込んできてリュカの代わりに反論するため、面白くないローランが反論し口論になるのだ。
「はあ……」
うんざりして嘆息する。
――鬱陶しい。
リュカは席を立ち教室を出て行こうとすると、それに気付いた2人が口論をやめ声をかけてきた。
「あ! リュカ! 待て! 逃げるな!」
「リュカ君? どうしたの?」
だがリュカは無視し教室を出て行く。するとリゼットがリュカを追いかけてきた。
「リュカ君! 待って!」
後ろから声を掛けられたリュカは足を止め振り向く。
「なに?」
「ローラン君のことは気にしなくていいと思うわ。ローラン君はマティス殿下と仲がいいリュカ君に嫉妬しているだけよ」
それはよく分かっていた。いつも包み隠さず言ってくるのだ。どれだけ鈍感な者でも気付くとリュカは内心思う。
「まったく気にしてない」
それだけ言いまた歩き出すとリゼットもついてきた。
――なぜついてくるんだ。
リュカは戸惑う。リゼットがこうなったのは1週間前、リゼットとペアを組んで魔術の試合をした時からだ。簡単に負けるつもりが、リゼットの顔に相手の魔法が当たりそうになったのをつい守ってしまったのだ。リゼットがやたらと話しかけてくるようになったのはそれからだ。
リゼットはリュカの隣りに来ると話題を変え話しかけてきた。
「ねえ。リュカ君、学年別合同魔術トーナメント大会出るでしょ?」
学年で男女3人一組でチームを作り、学園が用意した魔道具の杖を使い胸に付けた丸いワッペンに当て得点を稼ぐ学年事の行事だ。
そしてこの大会は出ても出なくてもいいものだ。だが良い成績を修めると成績のポイントがもらえ評価も上がる。そのためポイントがほしい強者や高評価をもらいたい者達はこぞって参加していた。ルールは3人一組での参加で、男性2人なら女性1人、女性2人なら男性1人と組まなければならない。そして女性2人だとポイントが最初から30ポイント加算されているため有利となるものだった。
そんなのがあったなとリュカは思う。出る気がまったくなかったため記憶から消えていた。
「まだ何も考えてない」
そう応えるとリゼットが目を輝かせて言う。
「じゃあ私と一緒に出ない? もし殿下が出るなら、リュカ君が一緒に出るのよね? そうなるともう一人女性がいるでしょ? 私ならお手伝い出来るわ」
するとリュカは止まりリゼットに振り返える。リゼットはOKを出してくれるものだと思い笑顔で待っていると、
「まだついてくる気?」
とリュカは斜め上を見上げた。なんだとリゼットも釣られて見上げれば、そこは男子トイレだった。
「! い、いえ」
「じゃあ」
リュカはそう言ってトイレに入って行った。
「もう!」
良い返事がもらえずリゼットはその場で地団駄を踏む。
1週間前リュカとペアでの試合の時、相手が放った魔法が暴走し、あまりの速さで避けきれず顔面に当たるのを覚悟した時、リュカがリゼットの体を抱き抱え横に飛び退いたのだ。そのお陰でリゼットは怪我をすることはなかった。
その時に「大丈夫か?」と言ったリュカに惚れた。
――私、お姫様抱っこされてるー!
もうこのシチュエーションは、女の子なら一番憧れるものだ。
リュカが王子様に見えた。
今まで無口であまり存在感がなかったため気にもしていなかったが、よく見れば顔はマティスよりは劣るが悪くない。無口も何を考えているか分からなくミステリアスな感じでかっこよく見える。そしてなんといってもマティスに絶大な信頼感があり将来有望だ。魔力があまりないため魔術師団には受からないかもしれないが、マティスの特別枠で魔術師団に入る可能性が高い。それに父親から言われているマティスと仲良くなれと言う約束もリュカを通して可能だ。
そう分析し気付いた。
リュカは、自分にとって都合の良い完璧な相手だったのだ。
だからどうにか気を引こうとリュカに話しかけるようになった。外見には自信がある。今までも笑顔で少し優しく話しかければ男性はイチコロだった。だからリュカも笑顔で優しくすればすぐに落ちると思っていた。だが予想に反してリュカはまったく振り向かなかった。
そして今回も失敗に終った。
「絶対に諦めないんだから!」
そう吐き捨てると自分の教室へ戻って行った。それを男子トイレから見ていたリュカはため息をつく。別にトイレに行きたかったからではない。リゼットから逃げるために逃げ込んだのだ。
「疲れる……」
リュカは時間を置いてゆっくり教室へと戻るのだった。
その日の放課後、いつものようにリュカとアイラは特訓をしていた。
「あれからどうだ?」
「え?」
唐突に聞かれ何のことかと首を傾げるアイラにリュカは付け加える。
「体調のことだ」
「ああ体調ね。何ともないわ」
「そうか」
「リュカは? マティスから、あの日の魔獣の件とか聞かれたりはしてないの?」
「ないな。最近マティスは忙しいからな。話すこともままならない。今日も午前で早退していった」
「そうなんだ」
「建国100周年の祝いの儀があるからな」
そう言えばそうだったなとアイラは思う。前世ではあの魔獣事件があり、多くの魔術師が亡くなったことで壮大な祝いはなく、王宮で限られた者のみで行われたと聞いた。だが今回は違う。魔獣事件はアイラ達の活躍で負傷者は出たが死亡者はでなかったのだ。縮小する理由がないため国を挙げて壮大にやることになっていた。
「リュカも出席するの?」
「ああ」
するとリュカは体育館の出入り口へ視線を向けた。
「どうしたの?」
「いや、鼠がいるようだ」
「? 鼠?」
「ああ。気にしなくていい。さあもう少しやるぞ。だいぶん出来てきたが、まだコントロールが甘い」
「ほんと厳しいわよね」
「コントロールは重要だ。文句言ってないで、さっさとやる」
「はーい」
そう言ってアイラは杖を構えた。
そして特訓が終わり体育館を出ると、そこにはリゼットが護衛の者2人を連れて立っていた。




