43 ジンへの尋問
王宮の国守玉の部屋にイライザと数名の精霊魔法士が国守玉の前で国守玉の状態を見ていた。
「完璧に浄化出来てるわね」
3日前の新月の日の国守玉の大浄化は精霊魔法士全員がかりで丸々2日かかったがすべてを取り除くことは出来なかった。だが今国守玉の状態は完璧に浄化出来ている。それも今までで一番良い状態でだ。
「どういうこと?」
きのうは国王の命令により精霊魔法士全員休まされた。そのおかげで体力は皆戻り、今日どうにか出勤出来ている。イライザも相当疲弊した。まだ万全ではないが、残りの浄化をしようと来てみれば、これだ。
そしてきのうは大変なことが起こっていたというではないか。
国守玉は一日でまた穢れ、地響きが何度も鳴り響き、得体の知れないものが王宮を蠢いていたと言う。それは夜になるほど酷くなり、魔獣でもいたのではないかと密かに囁かれ、魔術師団が王宮中を探し回っていたと聞いた。だがある時を境にピタっとなくなり、いつもの感じに戻ったということだった。そして定期点検に来た者達のおかげで国守玉の浄化もされたという。
「まったく意味が分からないわ」
するとそこへユーゴがやって来た。
「イライザ」
「ユーゴ、あなたもきのういなかったらしいわね」
ユーゴも国王の護衛で国外に出ていていなかったと聞いた。
「ああ。僕達がいない合間に大変なことが起きてたみたいだね」
「そうみたいね。それなのに、あなたのとこの副団長のせいで私達精霊魔法士誰1人とお声がかからなかったのよ。これってどういうことかしら?」
魔術師団には2人いる副団長のうち、ブレッドはユーゴと一緒に国外に出ていた。だからイライザが言う副団長はマシューのことだ。
元々精霊魔法士をよく思っていなかったマシューにさんざん嫌みを言われてきたイライザは、ここぞとばかりに嫌みを言った形だ。
ユーゴはそれを知っていて苦笑しながら謝る。
「それは本当にすまなかったね」
「何も起らなかったからよかったものの、もし私達精霊魔法士しか分からない魔獣が現れてたらどうするつもりだったのかしら?」
するとユーゴは笑顔を消してイライザにだけ聞こえるように耳元で言う。
「その魔獣がきのう現れたんだよ」
「! なんですって?」
イライザは目を瞠る。
――聞いた情報から姿を消す魔獣がいたのかもと思って言ったけど、まさか本当にいたなんて!
「説明の前に確認したいことがあるんだ」
「? なによ」
イライザは怪訝な顔を向ける。するとユーゴは笑顔で言った。
「この下の部屋を見せてくれないかなー」
それは国守玉の部屋の真下に存在する精霊魔法士しか知らない練習部屋のことだ。
イライザは驚き怪訝な顔をユーゴに向ける。
「なぜ知ってるの?」
「僕に分からない場所は存在しないよ」
笑顔で言うユーゴにイライザは嘆息する。
「ほんとあなたって抜け目がないわね」
そしてユーゴを部屋へと案内する。ユーゴは部屋に入るなり周りを見渡し始めた。それを見ながらイライザが訊く。
「この部屋がどうかしたの?」
「たぶんここに姿と魔力を消した魔獣がいたようだ」
「え!」
「ここに国守玉が処理しきれなかった魔獣を落としたんだろう」
「どういうこと?」
イライザは眉を寄せる。
「言葉の通りだよ。『国守玉の肢体』で処理出来なかった魔獣や魔物は国守玉に吸収され浄化処理される。だが今回のように国守玉でも処理出来ない強い魔獣などは国守玉から排出される。それがこの場所だ。だからこの場所の作りは他の部屋と違って頑丈に作られている。そのおかげで魔獣はこの場所から動けなかったんだろう」
ユーゴの言うことは正しいのだろうとイライザは思う。ここは昔から精霊魔法士の隠れ練習場になっていた。その理由は他の部屋とは違い頑丈で、ちょっとやそっとの力や魔力では壊れず漏れない造りになっていたからだ。なぜそうなっているのか不思議に思っていたことは確かだ。
「僕達が知る歴史の中では魔獣が排出されたという記録は残っていない。だとしたら今までそのようなことはなかったのだろう。この部屋の本来の目的が知られていないのもその理由だね」
「その誰も知らないことをなんであなたが知ってるのよ」
「それは僕が探究心の塊だからだよ」
そこでイライザは納得する。ユーゴは気になったことはどこまでも突き詰める性格なのだ。
――とことん調べたのね。
ユーゴは部屋を歩きながら魔力の残滓を探り始めた。
「巧妙に消してあるね。だけど微かに残っている」
そしてユーゴは目を見開き笑う。
「ほう。これは興味深いね」
どれだけ待っただろう。ぶつぶつ言いながら部屋を探索しているユーゴに黙って腕組みをして待っていたイライザだが、いい加減待ちくたびれてきた。
「ユーゴ、そろそろ教えてくれないかしら?」
するとユーゴは「あっ!」という顔を向ける。イライザは目を細めた。
「あなた、また私のこと忘れていたわね」
「あはは。すまないねー」
ユーゴは罰ば悪そうに謝ると、
「国守玉の部屋に戻ろう」
とイライザを促し部屋を出て移動しながら解ったことをイライザに話す。
「じゃあジンが?」
「ああ。ジンが国守玉の調整に現れる少し前から魔獣の気配は消え、地響きも止まり普通に戻ったらしいから何かしら関わっていることは間違いないだろうね」
「なら一度ジンに聞かないと! すぐに呼び出しましょう」
「そう言うと思ってね。ここに呼んである。そろそろ来る頃だと思うんだけど」
そう言って国守玉の部屋の前に来るとジンが待っていた。
「やあジン、早かったね」
「なんですか? 俺を呼びだして」
「久しぶりにあった先輩に対して挨拶なしか?」
苦笑するユーゴにジンはフッと笑い、
「そんなこと気にするタイプでしたか? 年取ったんじゃないんすか?」
と言ってイライザへ挨拶する。
「イライザ士長、お久しぶりです」
「元気そうね、ジン」
「ええ。で、俺に用事とは?」
「よく言う。分かっているだろ? まず中に入ろう」
ユーゴはジンを連れて国守玉の部屋へと入る。部屋に3人だけになったタイミングでユーゴがジンへ訊く。
「きのう何があったのか君に説明を聞こうと思ってね」
そんなユーゴに、やはり気付いていたかとジンは肩を窄める。
「何があったかなんて一番知っているのはユーゴ先輩の部下じゃないんすか?」
あえてとぼけて見せる。
「そうなんだけどね。皆口を揃えて分からないって言うんだ。そしてジンが来てから、その不穏なものはいなくなったと言うんだよ。みんなが言うもんだから、ジンに訊いたほうが手っ取り早いと思ったんだ」
ユーゴも笑顔のまま応える。
「俺はただ国守玉の定期点検に来ただけっすよ。きのうは大浄化の後ですからね」
新月の浄化の後は確かにジンの定期点検は隠密に行われていた。だからおかしな行動ではない。
「で、国守玉の状態はどうだったの?」
イライザが訊ねる。
「あまり良い状態じゃなかったので浄化しときましたよ」
「あなた1人で?」
「いいえ。『脚』の仲間とですよ」
「珍しいね。ジンが仲間を連れてくるなんて。君は1人狼だったはずだが?」
ユーゴは探るようにジンを見る。
「俺もいつまでも1人で出来るとは思ってないんでね。これからの後継者のことを考えて、自分自身の考えを改めただけですよ」
それらしき回答をする。
「なるほど。それにしてもかなり優秀な仲間がいるようだね」
「? と言うと?」
ユーゴは下を指差す。
「下の部屋で何か破壊と再生があったようだ」
それは下で戦いがあり、その後修復されていたという意味だ。
「下に部屋があるんすか?」
ジンは初めて聞いたととぼけてみせる。
「ええ。私達精霊魔法士しか出入り出来ない部屋があるの」
「そうなんですね。知りませんでした」
するとユーゴとイライザは顔を合わせ肩をすくめる。
「そこできのう魔獣が現れ大きな戦闘が起きていた」
「そうだったんですかー?」
驚き声を上げるジンにイライザが少し苛立ちながら言う。
「まだとぼける気?」
「イライザ」
ユーゴが制し話を続ける。
「いやね。さっき下の部屋を見に行ったら君の気を感じたんだ。あれは君が能力を使った時の気だ」
――やっぱりばれたか。さすがだねー。たった1度見た俺の能力を見極めたか。
ジン達『国守玉の脚』が能力を使った後は、痕跡を残さないように能力の残滓をすべて消す作業をする。きのうもいつもよりも入念に処理した。それなのにユーゴにばれた。
――嫌だねー。これでも駄目とは。ほんとユーゴ先輩には隠せねえ。
ジンは、はあと嘆息し降参だと両手を挙げる。
「やっぱ先輩にはかなわねえわ。そうです。俺らが倒しました」
「!」
「『国守玉の肢体』で処理出来なかった魔獣が国守玉に戻り、国守玉でも処理できなかったため排出されたんでしょう。それがきのう現れた魔獣です」
ジンは簡潔に説明する。
「やはり魔獣は魔力と姿を消せたのかい?」
「ええ。だから魔術師団の者は気付いていた者もいましたが、見つけることが出来なかったみたいですね。なぜか精霊魔法士も1人もいなかったですからね」
それにはユーゴとイライザは困った顔をする。
「それに関しては僕に責任がある。マシューにはそれ相当の罰を与えるつもりだ」
「そうしてください。あれだけの異常事態で精霊魔法士を呼び戻さないという行為は、王宮を守る魔術師団にはあってはならない醜態ですから。下手をすれば国守玉も破壊されかねない事態でしたので」
ジンは『国守玉の脚』として忠告する。
「ああ。申し訳なかったね」
ユーゴは謝る。
「ねえ、ジンはその魔獣は見えたの?」
イライザが訊ねる。精霊魔法士しか見れない魔獣だ。精霊魔法士ではないジンが見えていることが不思議のようだ。
「ええ。俺は『国守玉の脚』ですからね。1度国守玉に取り込まれた魔獣なら見えます」
「なるほど。だから倒せたのね」
するとユーゴが訊ねた。
「その魔獣はジンが倒したのかい?」
「ええ。正確に言うと仲間とですけどね」
「魔獣の特徴とどうやって倒したのか教えてくれるかい?」
ジンは魔獣の特徴を言い、そして魔法で凍らして倒したとだけ伝えた。
「そうか。その仲間と言うのは魔術師かい?」
「ええ」
「ここの王宮魔術師じゃないね」
「え、ええ」
――やたらと聞いてくるな。
「その魔術師、僕に紹介してくれないかなー」
ユーゴは笑顔で言う。その態度にジンとイライザは目を見開く。まず魔術師を紹介されることはあっても自分から紹介してくれと言うことはないのだ。
「どうしたの? 珍しいわね、あなたが自ら魔術師に会いたいって言うなんて」
ジンもその通りだと頷く。
「いやね。相当のやり手だと思うんだよね。王宮魔術師団でもここまでの者がいるかどうかというほどのね」
「そんなに?」
「ああ。魔術師なのに剣も得意なんて会ってみたいじゃないか」
その言葉でジンは目を眇める。ジンはユーゴに魔法で凍らして倒したとは言ったが、剣で倒したとは言ってないのだ。
「なぜ俺の仲間が剣が得意だと?」
「状況判断からさ。魔獣の特徴からまず普通の魔法は効かない。だから凍らせた。だが巨大な魔獣の隅々まで凍らすには時間がかかる。再生能力が強い魔獣ならすべてを凍らす前に解かしてしまう危険があった。だから止めを刺すには剣でバラバラに切り裂くのが一番てっとり早いと考えた。だからと言って斬ればいいってわけでもない。技術も必要だ。それをやってのけたのだから剣も得意だったんだろうと。そしてジン、君は剣を扱えない。だとしたら倒したのは君の仲間の魔術師だと推測したまでだよ。当たってたかい?」
ユーゴの説明を聞いてジンは背筋に冷たいものを感じる。
――リュカもそうだったがユーゴ先輩もそこまで分かるのか。怖ええなー。これが魔術と剣の使い手の魔術師団のトップに君臨する者達の姿か。
「当たってますね。ですが、すみません。紹介は出来ません」
「何故だい?」
「俺の後継者候補でもありますし、なんせ『国守玉の脚』の者でもありますから」
――まあリュカもアイラと同じ国守玉が力を貸した人物の1人だからな。ある意味『脚』だ。
「そうか。『脚』なら仕方ないね。でももう一度彼に会いたいもんだね」
「!」
ジンは目を見開く。今自分は男だとは1度も言っていない。それにユーゴはもう一度会いたいと言った。
――リュカだとばれている!
学校でリュカとユーゴは1度会って手合わせをしている。ユーゴは1度会った者の魔力の判別に優れている。ならリュカと認識したとしてもおかしくない。下手に介入されても厄介だとジンはあえて言うことにする。
「先輩。俺の弟子にちょっかいかけないでくださいね。あいつは魔術師団にはまったく興味がないので」
目をすうと補足し真顔で言うジンにイライザは恐怖を感じ手を胸に当てる。
――ふっ! ジンのやつ、舵を牽制の方に変えたか。やるねえー。
「ああ、分かったよ。肝に銘じとくよ」
ユーゴは笑顔で応えた。
「じゃあ俺はこれで」
ジンはそう言って部屋を出て行った。ジンの姿が見えなくなってからユーゴは嘆息する。
「なかなか話さないね、ジンは」
――まだ色々隠している感があるね。まあ『国守玉の脚』だから言えないのは仕方ないことだけど悲しいねー。こっちはただ力になってあげたいだけなんだけどな。
「ねえユーゴ、国守玉の浄化もその魔術師がしたのかしら?」
イライザは国守玉を見上げながら訊く。
「いや、魔術師では無理だろうね」
「じゃあジンがしたのかしら?」
「確かジンは2人連れていたと言っていた。もしかしたらもう一人が精霊魔法が使える者だったかもね」
「!」
そこでイライザはアイラを浮かべる。
「確かにあり得るわね。でもそうなると1つ疑問が残るのよね」
イライザは顎に手を当て首を傾げる。
「もしジンの言うことが正しく下の部屋で魔獣を倒したのなら、どうやってあの部屋に入ったのかしら? 倉庫は特殊な魔法陣の鍵で施錠してあるのよ。その開け方は王宮の精霊魔法士しか知らない。それが開けられ、そして綺麗に施錠までしてあったわ」
ユーゴに言われなければ、下でバトルがあったとは気付かなかったほどだ。
「確かにそれは摩訶不思議だね。でもあったことは事実。だけどジンが言うとは思えない」
――もし必要ならば僕に言うはずだ。だが何も言わない。だとすれば、僕は必要ないか、知ってはいけないかのどちらかだ。
「ジンに対してはこちらが動いても状況は変わらないだろう」
「それは国守玉が関わっているから?」
「ああ。どれだけこちらが知りたくても、ジンが教えないと決めているのなら俺達は知ることは出来ないだろうからね。余計な体力と時間は使わないのが一番さ」
そして悪戯な笑みを浮かべる。
「でも国守玉と関係なければ接触は可能さ。さあいつ会いに行こうかな」
何か企んでいるユーゴにイライザは嘆息し言う。
「ユーゴ、余計なことはしないことね。またブレッド副団長に怒られるわよ」
さすがにいつも尻拭いをしているブレッドに怒られるのは避けたいユーゴだ。
今回も国王の護衛で隣国へ行っていたのだが、今回の件があり急遽ブレッドの反対を押し切り先に帰ってきたのだ。
「ブレッド、怒っているだろうなー……」
少しの間は大人しくしていようと思うユーゴだった。




