39 王宮に魔獣④
「アイラ?」
すぐに追いかけるが見失った。
てっきり先に帰ったものだと思っていたリュカは一抹の不安が過る。
アイラもこの異変に気付いていた。だが今世は違う人生を送るため極力王宮関係には関わらないと言う話をジンから聞いていたため無視すると思っていた。
だが今アイラはどこかに向かって走って行った。その理由は1つしかない。
――あいつも前世で何があったのか気付いたのか。
どれだけ関わらないと決めたとしていても、惨事が起ることが分かっているのに無視することはアイラには出来ないはずだ。
――だとしたら同じことを繰り返さないように動くはずだ。
そして今どこかに走って行った。
――前世で今回の魔獣の居場所を聞いていたのかもしれない。
だとしたら今アイラはその魔獣がどこにいるのかを知っていて走って行ったことになる。
リュカはギッと奥歯を噛む。
「魔獣を見つけたとしてもあいつでは無理だ!」
そして目を閉じアイラの魔力を探る。だがアイラ自体の魔力が弱すぎるためなかなか見つけられない。
「どこ行った?」
すると声をかけられた。
「リュカ?」
見ればジンだ。いつものラフな格好と違い、白を基調とした正装服を着ていた。
「先生? どうしたんですか?」
「お前こそ何でここにいる?」
「マティスに食事に誘われて。先生は?」
「ああ……」
困った顔をし、どう言おうか逡巡しているジンに「魔獣ですか?」とストレートに訊く。目を見開き驚くジンを見て、やはりそうかとリュカは目を細め言う。
「この前の崩れた場所が関係してるんですね」
リュカの指摘にジンは「そこまで気が付いてたか」と観念し嘆息した。
「ああ。穏便に済ませようと思って来て探していた。だが魔力も感じれず姿も見えなくて困ってたとこだ」
「その格好は?」
「これは『国守玉の脚』の正装服だ。この服を来ていれば王宮を歩けるからな。で、お前は?」
「アイラを探しています」
「アイラもいるのか?」
ジンは驚く。
「ええ。見失ったので今行方を捜しているところです」
「? どういうことだ?」
リュカは魔獣が魔力と姿を隠すことが出来る高等魔獣で、精霊魔法士にしか見ることが出来ないこと、今王宮には運悪く精霊魔法士が一人もいないことを説明し、前世での最悪な結末も伝え、今アイラが走ってどこかに行ったことも伝える。
「じゃあアイラは一人で魔獣の元に?」
「たぶん。あいつもこれから何が起こるか分かっているんだと思います」
「だがあいつは精霊魔法士の仕事には関わらないんじゃなかったのか?」
「そうですが、悲惨な結末になることを知っていて、黙って見過ごすことはしないでしょう。あいつはそういうやつです」
今まで毎日一緒にいて会話をして分かった。
アイラは根は誰であろうと困っていれば放っておけないお節介で相手を気遣う性格だ。人見知りで前世で学生の時に1人だったこともあり、相手に気付かれないようにやる癖がある。昼食の時にサラやライアン達の世話を気付かれないようにしていたのをよく見かけた。
そして精霊魔法士の仕事が嫌いなわけじゃない。本当は好きなのだ。
学校の帰りに花が踏まれて枯れかけていれば、「大丈夫。今治してあげるわ」と言って花に回復魔法をかけたり、怪我した動物園や昆虫も治している。それを横でリュカは黙って見てきた。自然と精霊魔法を使うのが日常で、根っからの精霊魔法士なのだとリュカは改めて分かった。
だから今回も自分で他の者に気付かれないように魔獣を倒そうとしているのだ。
「だとしたらアイラ一人では無理だ」
ジンもリュカと同じ考えだった。
「ええ。だから今探しているとこです」
そこでもう一度アイラを探す。すると今度はアイラの魔力を感知出来た。
「いた! 先生行くぞ」
リュカはジンの肩を掴むと転移魔法を使いその場から消えた。
アイラは地下のある場所へと向かっていた。そこは精霊魔法士しか利用しない場所――精霊魔法士の隠れ練習場だ。
精霊魔法士の倉庫がある場所の奥の隠し部屋のため、精霊魔法士以外はまず入らないし知らない部屋だった。そしてそこは国守玉の真下にあった。
アイラは階段で精霊魔法士の倉庫へと来る。だがやはり魔法陣の鍵がかかっていた。
「前と一緒なら……」
アイラは前世でやっていた解除方法をやってみる。するとカチャっと開いた。
「ずっと同じなんだ」
それもどうかと思うが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
アイラはゆっくり扉を開け倉庫の中に入り奥にある部屋へと向かう。そこも厳重に魔法陣の鍵がかかっていた。それを開けて中へと入ると、そこは上にある国守玉の部屋とほぼ同等の部屋があった。
そしてそこの真ん中に魔獣がいた。それも天井に頭がつくぐらいの大きさの蛙のような魔獣だ。
「うっ! 爬虫類系……。私苦手なんだけど」
そこでどうするのかまったく考えていなかったことに気付く。この場所は精霊魔法士しか知らない場所だ。そして自分は精霊魔法士ではない。勝手にこの場所を魔術師団員に教えることは出来ない。
「自分でやるしかないわよね」
意を決してアイラは前へと進む。そこで魔獣がアイラへと視線を向けた。その瞬間その場に立ち尽くす。恐怖で全身が震え足が前に出ないのだ。
すると魔獣がアイラへとゆっくり近づいてきた。アイラは震える手で杖を構える。
――怖がっちゃ駄目よ! 私がやるのよ!
そしてアイラは魔獣に向かって唯一出来る火魔法を制御なしで放つ。巨大な火炎球はうねりながらみごと魔獣に命中した。刹那、爆発音と衝撃破と煙が部屋一面に広がりアイラへも襲う。あまりの衝撃音と衝撃破にアイラは驚き腕で顔を隠し目を瞑る。
特訓の時、リュカに放っても衝撃音や衝撃破を感じたことがなかった。それはリュカがすべて抑えていたからだと気付く。
風と煙が収まってきた。目を開け覆っていた腕を下ろし魔獣がいた方を見る。
「やった?」
威力はあった。絶対に致命傷は与えたはずだ。
視界が見えてきた瞬間、目の前に陰が落ちる。なんだと顔を上げれば――。
目の前に魔獣がいた。
「!」
魔獣は前足を振り上げ、今まさにアイラへと振り落とそうとするところだった。




