35 五守家の定期報告会
リュカとアイラはいつものように放課後特訓を続けていた。
「ねえ、ジン先生、今日もいなかったわよね」
ジンはここ5日ほど学校に来ていなかった。
「どうせ商談と称して南国で楽しく遊んでるんだわ」
アイラは嬉しそうにバカンスを楽しんでいるジンを思い浮かべながら口を尖らす。そんなアイラに苦笑するリュカはジンがいない本当の理由を知っている。ジンは『国守玉の脚』の会合に行っているのだ。だが表向きは商人の仕事をしていることになっているため、アイラには商談があるから他国に舟で行っていると伝えてあった。だがなぜかアイラの中では南国にバカンスに行ってくるという解釈になっていたのだ。
「今度来たらお土産もらうんだから!」
そう言ってリュカにかなり強い魔力を放つ。
「なっ!」
リュカはどうにか威力を抑えて空に逃がすと、こめかみに筋を浮かべて注意する。
「いい加減コントロール出来るようにしろ。何回言わせるんだ」
本気で怒っているリュカにアイラは肩を窄めながら、
「す、すみません」
と謝るのだった。
その頃遠く離れた場所にジンはいた。定期報告会の会合のため、五守家と呼ばれる5つの名家の『国守玉の脚』の1つで長であるボナール家を訪れていたのだ。
丸テーブルに五守家の当主が顔を揃える。
長のボナール家当主、ベニート(70代)を中心に時計回りに、
アチソン家当主、ホルガー(70代)
ブリース家当主、アルバン(50代)
ベレス家当主、ジン(26歳)
カシュー家当主、エルトン(60代)だ。
「ジン、説明してもらおうか」
長のボナール家のベニートが質問すると、ジンはおちゃらけた様子で応える。
「だからさっき説明したじゃないですかー。ボケたんですか?」
「ジン! 口の利き方に気をつけなさい」
ブリース家のアルバンが静かに注意する。父親と同じ年代で息子も同じ年代だからか、ジンのことを子供のように扱っていた。
「すみませんねー。もともとこういうしゃべり方なんでね」
「……」
「仕方ないですね。今度はちゃんと聞いていてくださいよ。土砂崩れで洞窟の中は潰れていた。入口だけはかろうじて原型を留めていたが魔法陣は一部欠損。だが結界は頑丈なため鍵はかかっていた。その状態の場合、解錠することはすぐには不可能であるためそのまま放置してきたって感じです。俺の対応は正しいですよね?」
「……」
それには誰も異論を唱えるものはいなかった。
「確かにお前の対応は正しい。だがそのまま今日まで黙っていたのが問題だと言っているのだ。このような異常事態の場合はすぐに報告しなくてはいけない」
カーシュ家のエルトンが苦言を呈した。
「それはすみません。現状を知ったのは会合の1週間前の話でしたんで、まあいいかなと思ったもので。それに」
それまで笑顔で話していたジンがすうっと真顔になり言う。
「完全に崩れたのは最近だったようですが、崩壊し始めたのはここ最近の話ではない。もうずいぶん前から崩れかけていたはずだ。そしてあの場所が俺の管轄になったのは3ヶ月前。だとしたら俺に文句を言うのはお門違いだと思いますが?」
ジンは長のベニートへと視線を向ける。ベニートは目が隠れるほどの白い眉毛をすうっと上に上げ何も言わずジンの視線を受け止める。
「あの場所は俺の前はアチソン家が管轄でしたよね? 説明してもらいたいんですけど」
ジンはその横のアチソン家ボルガーへと視線の矛先を変える。だがボルガーはジンとは目を合わせず、ただ目を瞑り黙ったままだ。
――何も言えねえよな。どうせ面倒なことになったもんだから、俺になすり付けようと管轄を変えたんだろうからな。
すると長のベニートがボルガーを庇う発言をした。
「ボルガーももう歳だからな。なかなかあの場所に行けずに知らなかったのだろう」
「ならば早く次の代に席を譲った方がいいんじゃないんすか? この仕事は矜持だけでやっていける仕事じゃないことは分かってますよね? 仕事が出来ない無能な者は早く隠居してください」
「ジン!」
アルバンが声を荒げて呼ぶ。
「本当のことを言ったまでです。もし俺が行かなければ崩壊していたことすら分からず、あのまま放置され続け、もっと酷いことになっていたでしょうよ。まだ今回分かってよかったと褒めてもらいたいくらいですよ」
それに対して誰も文句を言う者はいなかった。
――この感じだと長だけが知っていた感じだな。嫌だねー、こんなやつらが『国守玉の脚』だなんてなー。
するとエルトンが嘆息し言う。
「このことは後で話し合うことにしましょう。ジンが言うのが本当ならば『国守玉の肢体』が1つ機能していないということになります。本来あの場所に留まるはずだった魔障や魔物は国守玉へ吸収されているはずです。だとすれば国守玉の負担が大きくなり、最悪、他の『国守玉の肢体』へ負の連鎖が起る可能性も考えられます。早急に修復するのが良いかと」
それには全員賛成だと頷く。
「うむ。聖女が亡くなった今、国守玉の浄化にも相当な時間がかかるはずじゃ。それに強い魔物が現れた場合、最悪な事態が想定される。早急に『国守玉の肢体』を修復しなくてはならない。アルバン、どのくらいの期間で修復可能じゃ?」
「すべてを作り直しとなると1週間は見ていただかないといけないかと」
「そうか。けっこう時間がかかるのう。だが仕方ない。すぐにとりかかってくれ」
「わかりました」
「その後わしとエルトンで結界を張る」
『国守玉の脚』の五守家にはそれぞれ役目がある。長のボナール家は鍵の魔法陣の構築、強化。カーシュ家は『国守玉の肢体』の場所の結界の構築とメンテナンス。ブリース家とアチソン家、そしてジンのペレス家は浄化と討伐がメインだ。そしてその中でも強い魔物などがいる『国守玉のアキレス腱』などの場所はジンの家系が担当していた。
「これで肢体の方は問題ないだろう。だが国守玉の方が心配じゃ。何もなく浄化出来ればいいが……。ジンの報告にあった洞窟の中から崩れていたというのが少し気になるがな」
ジンも同感だと頷く。崩れ方に一抹の不安を感じていたのだ。
――あの崩れ方は中から崩れた感じだった。洞窟が自然に崩壊すれば洞窟に存在していた魔穴も自然に消滅し、その場にいた魔獣も国守玉に吸収される。だがもし洞窟を崩壊させるほどの強い魔獣だとしたらどうなる? 国守玉に吸収されるだろうが、その後は?
今までの事例がなくジンは知らない。そこで訊ねる。
「もし国守玉に吸収される魔獣が強かったらどうなるんすか?」
『国守玉の肢体』の場所を破壊するほどの魔獣だ。それが国守玉へ吸収された場合、そのまま何事もなく国守玉の中にいるのだろうかという疑問が浮かぶ。
質問に応えたのはエルトンだ。
「もし国守玉へ吸収された場合、国守玉が対応しきれなければ放出される」
「!」
「だが今までそのような事例は報告されていない。だから極めて確率は低いだろう」
そう言うがジンはどうしても不安は拭いきれない。そんなジンにエルトンは言う。
「もしそうだとしても、すぐに放出されるわけではない。まず大丈夫だろう。それに幸いにも、もうすぐ新月の日に国守玉の浄化が行われる。最悪な事態にはならないだろうよ」
――確かにもうすぐ国守玉の浄化の日だ。だが聖女がいないんだ。もし強い魔獣がいたら簡単には浄化はできない。
すると長のベニートもジンと同じ考えのようで不安を口にした。
「このまま何ごともないとよいがのう。もしもの時は、王宮の精霊魔法士と魔術師達がうまくやってくれることを祈るしかないからのう」
それは放出された強い魔獣を王宮の者が討伐するということだ。それしか方法はないのだ。
――王宮にはユーゴ先輩とイライザ・マーティン精霊魔法士がいる。どうにかなるだろう。
何とも言えない不安を抱えながら2人に期待するしかなかった。




