33 リュカと父
リュカは、久しぶりに父親オーエンと兄エタンと昼食をケイラー邸でとっていた。
リュカの父親オーエンは世界中の海を渡り歩く船乗りの船長だ。年のほとんどを海で生活し、家に帰って来るのは年に2回ほどのため、父親がいない家を守っているのがリュカの8つ上の兄のエタンだった。
そのオーエンが半年ぶりに帰ってきたため、魔法学校に通うタイミングで別邸で1人暮らしをし始めたリュカは呼び戻されたのだ。
「エタン、リュカ、久しぶりだなー。元気だったか?」
そう笑顔で言うオーエンは、黒髪の長髪に日焼けした皮膚に無精髭、そして鍛えられた体を見るだけでは貴族には到底見えない。
「はい。父上もお変わりなくお元気そうで何よりです」
そう応えるエタンは、リュカと同じ黒髪で、整った白皙の面長の顔はリュカを大人にした感じだ。
「リュカ、学校はどうだ?」
「はい。問題なく通っています」
「そういえば、お前、なんでランカル学園じゃないんだ?」
前回オーエンが帰ってきたのはリュカが時を戻す前の話だったため、その時はランカル学園へ行くと報告していたのだ。
「すみません。考えが変わりまして、急遽魔法学園アデールに変更しました」
するとオーエンは静かにリュカに問う。
「なぜ変えたのか聞いてもよいか?」
オーエンの質問にリュカは頷き応える。
「ランカル学園の学園方針がどうしても自分には合わないように思えたのと、魔法学園アデールにはマティス殿下がおられるのが理由です」
言ってることは嘘ではない。ランカル学園は前回の人生で経験済みだ。エリート学校と言われるほどの実力者ばかりが集まった学園のため、すべてが実力主義だった。そのため異常なほどの競争心と敵対心が混ざり合う学園という名の戦場に、トップの成績だったリュカは嫌気が指していたのも事実。普通の学生生活が送りたかったわけではないが、どうしても毎日切羽詰まった生活が良かったとは思えなかった。
だから今の学生生活はけっこう気に入っていた。
「そうか。てっきりランカル学園に行き、そのまま王室の魔術師団に入団するものだと思っていたからな」
「申し訳ございません」
リュカは頭を下げる。
「リュカ、頭を上げなさい。別に謝ってほしいわけじゃない」
リュカは顔を上げてオーエンを見る。
「俺はお前が選んだ道にどうこう言うつもりはない。反対にお前の希望する学園に行けてよかったと思っている」
「父上……」
「だが卒業したら殿下の下に仕えるのだろ?」
リュカはすうっと視線を下に向ける。
「まだ分かりません……。それが本当に最良の選択なのか……」
それにはオーエンと黙って聞いていたエタンは目を合わせて微笑む。
「迷っているなら今すぐ答えを出すことはない。まだ始まったばかりだ。学生の3年間、よく考えて決めればよい」
「父上、もし俺が王宮魔術師団に入団するのを拒んだらどう思いますか?」
リュカは恐る恐る訊ねる。
「俺は別に何とも思わない。お前の人生だ。お前が決めたことに俺が口だしすることはあってはならないと思っているからな」
すると今まで黙っていたエタンが笑いながら言う。
「だって父上もそうでしたからね」
「え?」
どういうことだとオーエンを見れば、なぜか罰が悪そうにしている。
「リュカは小さかったから知らないか。父上も今の仕事をする前は王宮魔術師団で働いていたんだ」
初耳だ。
「それはいつですか?」
「母上が亡くなる2年前だったな」
リュカとエタンの母親は病気で亡くなった。元々体が丈夫ではなかったこともあり、闘病生活が2年半続いた。母親が亡くなった時はリュカは6歳だった。
「母上の看病に専念すると言って父上は魔術師団を辞めて看病に専念したんだ。だが母上が亡くなった1年後、昔から好きだった海への憧れから、船乗りに転職したんだ」
初めて聞く話にリュカは驚きオーエンを見る。
「そうなのですか?」
――てっきり最初から船乗りだと思っていた。まさか魔術師団に所属していたとは。
「ああ。ミリアの死がどうしても受け入れれなくてな。俺は海に逃げたんだ。情けない男さ」
オーエンは弱々しく笑う。
確かにリュカが魔術を父オーエンに習い始めたのは3歳になってからだった。その頃からずっと家にいたことを思い出す。だが小さかったため不思議に思わなかった。オーエンは母が死ぬまで毎日リュカに魔術を教えていた。今思えば、それは徐々に弱っていく母を見るのが辛かったためだったかもしれない。
「まあそのおかげで残された俺は大変だったけどな」
エタンは15歳にしてランガー家を背負うことになってしまったのだ。
「エタンにはすまなかったと思っている。頭が上がらないよ。ほんとよくやってくれているよ。さすが長男だ」
「今頃褒めても遅いですよ」
ムッとするエタンは本気で怒ってはいない。
8つ上のエタンはリュカにとって兄でもあり、父親の役目をしてくれる頼もしい存在だ。昔から年齢のわりに落ち着きと責任感があり、魔力はリュカやオーエンほどないが、母親に似て頭脳明晰だ。その頭脳で今は宰相の補佐をしているほどだ。
オーエンがいないランガー家が今日までやってこれたのはエタンのおかげとも言える。
「リュカ、だからお前は父上のことは気にせず自分が進みたい道に行けばいい。今も父上は好き勝手なことをしているんだからな」
するとオーエンが困った顔をしエタンに訊く。
「エタン、今俺に今までの不満をぶつけているのかな?」
「いいえ、事実を述べているだけです。気にし過ぎですよ父上」
そう言うエタンは笑顔だが目は笑っていない。リュカもオーエンもこういう時のエタンが一番怖いと思うのだった。
「で、父上は今回はいつまで家におられるのですか?」
エタンが訊く。
「今回は次の国に行く途中で寄っただけだ。明日には発つ」
「早いですね」
「ああ。だがまた3ヶ月後には戻ってくる。その時は長く居られそうだ」
「期待せずに待ちます」
「そうですね」
いつもオーエンは何ヶ月後に帰って来ると言ってその通りに帰ってきた試しがない。リュカもエタンもオーエンの言うことをあまり信用していなかった。
「お前達、信用してないな。今回は本当だ。建国100周年の祝いの儀があるからな」
「そうですか。息子達も喜びます」
エタンには2人の子供がいた。
「アレンとエミリーもまた大きくなったんだろうな」
「はい。そうですね」
その後会食は1時間ほど続いた。エタンは仕事があると言って屋敷を早々に出て行った。
オーエンはリュカへと訊ねる。
「お前は時間はあるか?」
「はい」
「なら、俺の部屋にこい」
「分かりました」
オーエンはリュカと書斎へ向かい、部屋に入ると人払いをした。そしてリュカと2人になったところで唐突に言う。
「リュカ、お前、時を遡ったな」
「!」




