31 ジンの手伝い③
「さあボスのお出ましだ」
ジンの目線の先を見れば、一番奥の暗い場所に、よりどす黒い巨大な球体で無数の目がある魔物がいるのが見えた。リュカはその気持ち悪い見た目と異様な姿に眉を潜める。
「気色悪いバケモノだな」
「ああ。色々な邪気や怨霊の類いをすべて吸収したんだろうな。無数の目がそれを物語っていやがる」
確かに無数の目はすべて形が違っていた。
ジンは眉根を寄せて凄い嫌そうな顔をリュカに向け首をブルブル振る。
「俺、ああいうの苦手だわ。雑魚は俺がやるから、あいつはリュカ、お前に任せる」
「ったく。苦手じゃない奴がいるなら教えて欲しいが?」
呆れた表情でジンに突っ込みながらリュカは剣を構えて球体の魔物へと歩みを進める。その矢先、リュカの体は硬直し動けなくなった。
「あいつの目を真面に見ちゃ駄目だぞー。そうすると体が動かなくなるぞー」
リュカはムッとする。
「そういうことは最初に言ってくれ」
そう愚痴った後すぐにその拘束を外し、自分の目に魔法のシールドをかける。すると瞳の部分に魔法陣が現れた。それを見たジンは感嘆の声を上げる。
「へえ。凄いな。そんな芸当も出来るんだ。それであいつの拘束を防げるのか?」
「ああ」
「でも今みたいに外せば、その魔法いらないんじゃないのか?」
「いちいち拘束されたら外すという作業は面倒くさいし効率が悪いだろ。討伐は時間との闘いだからな」
そう言ってリュカは剣に魔力を込め、一瞬にして間合いを詰めると横一文字に斬り裂いた。球体の魔物は、いとも簡単にスパッと真っ二つに切断され、同時、魔物を囲むようにいくつかの輪っかの魔法陣が円を描くように現れ、一気に縮むように魔物を飲み込みながら消えた。
それを見たジンはフッと笑う。
「やるねー。魔術師団の得意とするやり方だな」
「ああ」
魔術師団の者達は精霊魔法士のように浄化が出来ないため、邪気や怨霊の類いで浄化が必要な魔物系には、今のように源に返す魔法を取るのが一般的だ。
「確かにそのやり方は正解だな。少しでも痕跡を残すとまた増殖するからな。それにしても今の魔物、けっこう強かったんだけどなー。それをあっさり倒しちまうんだから、さすが魔術師団長だな」
「褒めても何も出ないぞ」
「そうか残念。ってことで、残りの魔物もちゃっちゃっと終らせようか」
そして残りのすべての魔物を2人がかりで難なく倒した。だが魔物はいなくなったが、邪気や瘴気、悪臭はまだ酷く残っていた。
「これ、どうするんだ?」
場の浄化は精霊魔法士が専門だ。だが今この場に精霊魔法士はいない。
「決まってるだろ。すべて浄化する」
ジンは掌を地面に付けると、ジンの体が金色に光り始めた。刹那、魔法陣が現れ水辺に弧を描くように金色の光の円がジンを中心に外へと広がっていった。同時にその場の邪気や魔障がすーっと光の粒になって空に向かって消えていく。その光景にリュカは見惚れ自然と言葉が漏れる。
「綺麗だな……」
「だろ。これだけはいつ見ても神秘的で綺麗なんだ」
上昇していく光の粒を見つめながらジンも穏やかな笑顔を見せる。
「先生から発する金色の光、前に言っていた先生の家系の特殊能力だろ?」
「そうだ。だが浄化をしたのは俺の能力じゃない」
「? 違う?」
「ああ。簡単に言うと、俺が能力で特殊な魔法陣を展開し、国守玉から直接力が注ぎ込まれる感じだな」
「なるほどな。これだけの清んだ浄化は人間では無理だな」
「そういうことだ。よし! 終了!」
リュカとジンが洞窟から出ると、扉は自然と閉まり魔法陣が現れ施錠された。そして洞窟の入口がすうっと消え、ただの岩の壁になった。やはり魔法陣で入口も隠されているのだとリュカは確信する。
「これで何年間は大丈夫だろう。ありがとなリュカ」
「いいえ。無事に終ってよかったです」
「……」
ジンは目を瞬かせリュカを見る。
「? なんですか?」
「いや……敬語に戻ってるからさー」
「一応終ったし」
「意味わかんねー」
ジンは笑う。
「魔術師団モードになってたってことかよ」
「まあ……そんな感じですね……」
少し照れた顔をするリュカにジンはフッと笑う。
「お前やっぱ良い王宮魔術師団長だよ。全部片付いたら王宮魔術師団に入るんだろ?」
「まだそこまでは考えてません」
ギュッと拳を握るリュカの頭にジンは手を置き、ぐしゃぐしゃとする。
「そう力むんじゃねえ。まだ時間はある」
「そうですね……」
ジンはフッと笑い手を離すと「じゃあ次行こうか」と促す。それにはリュカは声を上げる。
「は? ここだけじゃないのか?」
「ああ。誰が1カ所だと言った? ってか、またため口になってるよーリュカ君」
にぃッと笑うジンにリュカは睨む。
「いい加減にしろよ」
「大丈夫だ。ここよりも楽だから」
「そういう問題じゃない」
「はいはい。時間がないから行くよー」
ジンはリュカの肩を抱くと移動魔法陣を展開し、強引に移動したのだった。
そして終ったのは夕方だった。
「お疲れさん」
「どれだけ後回しにしてたんですか」
結局その後に回った箇所は4カ所もあったのだ。それもジン1人でも対処出来る場所ばかりで、ただのジンが後回しにしていただけだった。
「いやー、俺1人だろ? 1人だと限界があるんだよ」
「ただ面倒だから後回しにしていただけだろ」
リュカが目を眇めて言うと、目を逸らした。図星のようだ。
「まあこれで一応終ったから当分は大丈夫だな」
「そう言えば1カ所よかったんですか?」
1カ所だけ扉が壊れていたため中に入れなかったのだ。
「まあ……大丈夫……だろ」
なぜか歯切れが悪い。どうみても怪しい。
「本当に大丈夫なんですか?」
「扉の結界魔法陣が崩れていた。ああなると今すぐには解けないのは分かっているだろ?」
魔法陣は正しく展開されて解除が出来る。その場所の結界魔法陣は扉が土砂崩れで崩れていた。そのため魔法陣も崩れていたが、鍵はしっかり閉まっていたのだ。転移魔法で中に入ることも出来ない状態だ。ああなるとどうしようもないのが現状だ。
「じゃああの場所はどうなるんです?」
「あの感じだと、もう中は消滅しているだろうから問題ない。だからあの場所は大丈夫だ」
「ならいいですが……」
「お前、心配性だなー。よくそれで魔術師団長が務まったな」
「だからですよ。少しのミスや見落としは王族の命取りになる。気にするのは当たり前です」
声を荒げてムッとしながら言うリュカにジンは苦笑する。
「あはは! 確かにそうだ。まあ俺には合わない仕事だな」
「……ったく」
「ありがとよ」
「?」
不思議な顔を見せるリュカにジンは微笑む。
「お礼を言ったんだ。助かった」
素直にお礼を言われてリュカは少し照れて、
「いいえ……」
と応えた。
「でだ。お礼と言っちゃーなんだが、1つお前に良いことを教えてやる。今回俺は浄化に全国回ってたんだが、1つ興味深い情報を耳にした」
「?」
「今までの聖女が亡くなったみたいだ」
「え……」
「85歳ということで、まあ寿命だな」
「ということは?」
「近いうちに新しい聖女の選別が行われる」
そうなれば本物の聖女の詳しい情報が神託されるということだ。
「じゃあそれがわかれば?」
「本物の聖女が誰なのかが少しはわかるということだ。だが聖女が特定されるのは半年は先だろうな」
「そんな先なんですか?」
「ああ。神託は外見のみ示される。そしてその時18歳未満の女性から選ばれる。その後全国の該当する候補の女性を片っ端から探し、国守玉との相性と浄化が出来るのかを見る。決まったら、その者を説得しなくてはならない。そうなると半年はいるんだよ」
「ある人物を特定するんじゃないんですね」
「そ! だから時代によって聖女の力が強かったり弱かったりするってやつだ」
そこでリュカはある線が浮かぶ。前世の人生の時のソフィアは、ただ力が弱いだけで、本物の聖女だったのではないかと。そこをジンに聞けば、
「それはないだろうな。本物の聖女なら浄化の力が弱くても、ある程度浄化出来るはずだ。国が滅ぶまでには至らない。俺ら『国守玉の脚』がいるんだからな」
そこでジンは今まで考えてたことを話す。
「あれから考えたんだが、国が滅ぶまでになるには聖女不在だけが原因ではなかったんじゃねえかと思うんだ」
ジンの言葉にリュカは眉根を寄せる。
「どういうことです?」
「俺ら『国守玉の脚』がいるんだ。そうなる前に何らかの対処をしたはずだ。だがそれが機能してない。その原因はただ1つ。国守玉の怒りを買ったんだろう」
「!」
「人間が偽聖女をたてたことで、まったく浄化が出来ていなかった。だが国守玉が気に入っていたアイラが浄化を代わりにしていたからどうにか正常な状態を保っていた。そのアイラが殺された。国守玉は怒り、国を見捨てたんだろうよ。そのため俺ら『国守玉の脚』の力も失われ、国は滅びの道を進んだんだろうな」
それならば、気に入ったアイラの時を戻させたのも理解出来る。
「どちらにしたって今は何も出来ない。だからそう焦るな。動向は俺が注意しておく。何かあったらちゃんと教えるから、お前は大人しくしとれ」
「……わかりました」
リュカは頷き素直に従うことにした。




