28 マティスへの思い
昼休み、教師に応接室に来るようにと呼び出され何かやらかしたのかと思い行けば、そこにはマティスがいた。
――なんでマティスがいるのよ!
逃げようかと踵を返せば、そこには笑顔のケインが立っていた。出口を塞がれたようだ。
「アイラ、いらっしゃい。さあ座って」
マティスに言われ、アイラは仕方なくマティスの前のソファーに座る。そこでマティスの横に座っているのがリュカだと気付く。
――ちょっと! これはどういうことよ!
アイラはリュカを睨むように見入る。
――私はマティスとは仲良くしたくないと言ったわよね! とでも言いたげな顔だな。
リュカは嘆息し、アイラを睨み返す。
――仕方ないだろ。マティスの方が一枚上手だったんだから。
それは少し時間を遡る。
午前中の授業が終わった時だ。マティスがリュカの所へやって来た。
「リュカ、ちょっとお昼、応接室で食べるから一緒に来てくれない?」
「? ああ、いいけど」
いつもは食堂で食べるのに今日は応接室とは、マティスに大事な客でも来たのかと思った。付いて行き応接室で待っていると、入って来たのがアイラだったのだ。
――俺も寝耳に水だったんだ。察しろ。
リュカに睨み返され、アイラは悟る。
――あの表情はリュカも知らなかったってことね。マティスめー!
そしてアイラはマティスへと睨みの対象を変える。じとっと睨むアイラにマティスは苦笑し説明する。
「こうしないとアイラは会ってくれそうになかったから」
――そうよ! 私はあなたと会うつもりはこれぽっちもなかったんだから!
だがこうなってしまってはどうしようもない。それにこれ以上避けても、また強引にセッティングされるだけだ。アイラは諦め、ため息をつき負けを認める。
「私の負けです。で、ここで何を?」
「一緒にお昼を食べようと思って」
そう言うと奥から高級な料理とケーキが運ばれてきた。
「わあー! すごい!」
アイラは声を上げる。キラキラさせて笑顔で料理に見入っているアイラを見て、
――おいおい。嫌じゃなかったのか。
とリュカは目を細め呆れてため息をつく。
そんなアイラにマティスは満足そうに微笑んだ。
「喜んでもらえて用意させた甲斐があったよ」
だがアイラの耳には届かず、
「食べていい?」
と言って返事を待たずに食べ始めた。それを見たケインが注意をしようとしたのをマティスが手を上げて止める。
「いいよ。アイラの好きなようにさせて」
「しかし!」
まず目上の者より先に食べるのはマナー違反だと言いたげなケインにマティスは、
「アイラは命の恩人だからね。それにアイラは貴族じゃない。気にしなくていい」
と、これ以上言うなと制した。
結局アイラはマティスの策略にはまり、昼休み中マティスと話すことになってしまった。好物のケーキで気分を良くしてベラベラ話してしまったこともあり、マティスに「もう友達だね」とまで言われてしまう始末。
アイラは、放課後リュカの前で項垂れる。
「はあ……やっちゃった……」
アイラは後悔の念にかられながら、リュカに魔力を放つ。
「食べ物につられるからだ。てか、魔力制御しろ。思いっきり撃ってるぞ」
リュカはアイラの魔法を空へと逃がしながら注意するが、アイラの耳には届いていなかった。
「でもなぜ私の好物、わかったんだろう?」
マティスが用意した料理はアイラが好きな物ばかりだった。特に大好きなケーキの種類が半端なく、すべて食べたいが食べきれないと嘆いていたら、持って帰っていいとまで言ってくれたのでちゃっかりもらってきてそこに置いてある状態だ。
――おかしいなー。今世ではマティスが私の好物を知っているはずないんだけど。
するとリュカが応えた。
「俺が教えた」
「はあ! なんで教えたのよ! マティスとは、関わりたくないって言ったよね!」
アイラはリュカに文句を言いながらまた巨大な魔法を撃つ。それをまた空へと逃しながらリュカは応えた。
「よく言う。ちゃっかりケーキをもらってきたやつは誰だ。だから魔力を制御しろと言ってるだろ!」
「それとこれとは別よ!」
何が別だと思いながらリュカは言う。
「仕方ないだろ。マティスがしつこく聞いてきてたんだから」
リュカの説明を聞きながらマティスの行動を思い出す。アイラもよくしつこくマティスに迫られたことがあった。マティスは知りたいことは徹底的に聞き出そうとする節がある。結局最後は根気負けして言うはめになるのだ。
手に取るようにその状況が目に浮かぶアイラは、目を細めてリュカを見る。
「鬱陶しくなって教えたわね」
「……」
リュカは目を逸らす。図星のようだ。分かりやすい。
「はあ、まあいいわ。その気持ち分からなくもないから」
「あれだけマティスと関わらないと啖呵を切っておいて、食べ物にコロっと釣られるのもどうかと思うぞ」
「うっ!」
それに関してはアイラも自覚はあり反論できない。
「でもなぜそこまでマティスを嫌がる?」
「嫌ってはいないわ……」
回帰前の記憶があり、同じ辛い人生を送りたくないからとは言えない。
「ほら? 身分が違うから緊張するじゃない? 性格も貴族の人達とは合わないし」
「本当にそう思っているのか?」
「……」
なぜそのように訊くのか? アイラが言った言葉をまったく信用していないような目で見るリュカにアイラは目を合わせることが出来ず視線を外す。
そんなアイラを見てリュカは目を細める。
――俺も性格が悪いな。本当の理由が分かっていて、あえて嫌な質問をして困らせている。
出来ればマティスとうまくいってほしいとリュカは今でも願っている。だがジンに言われてからは何か行動に移そうとは思わない。アイラの気持ちが大事だからだ。
「嫌っていないのなら、アイラはマティスのことをどう思っているんだ?」
「え?」
そこでアイラはマティスのことを思う。
――身分関係なく優しい人だってことも知ってる。そして私のことを一番に考えてくれていたことも。
「マティスはとても優しくて良い人だわ」
「ならマティスの友達になるくらいはいいんじゃないのか?」
「分かってるわよ。あれだけお昼にしつこく言われたのに断ったら、後ろのケインさんとギルバートさんに半殺しにされるわ」
アイラは2人の殺気に満ちたオーラを思い出しブルッと体を震わせる。マティスがずっとアイラに友達になってくれと言っている間、後ろに控えていた2人のアイラを見る目が殺気を満ちていて凄かったのだ。
「もし断ったらどうなるか分かるだろうと言わんばかりの圧だったわ」
「確かに凄かったな」
包み隠さず殺気を帯びていた2人を思い出しリュカも苦笑する。そんなリュカにアイラはムッとして言う。
「それに結局リュカもマティスの見方というのも分かったし! さすがマティスの親衛隊ね」
「そういう訳じゃない。ただマティスには幸せになってほしいだけだ……」
――あんな最期を2度と経験させたくない。
回帰前の時に苦しそうにしていたマティスを思い出し視線を下に向ける。
「優しいのね」
アイラの突拍子もない言葉にリュカは顔をあげてアイラを見る。
「俺が?」
「そうよ。リュカはマティスのことをとても大事に思っているってことでしょ? それって凄いことだわ」
「そういうわけでは……」
親友でもあるが、回帰前マティスを主君とし忠誠を誓い、自分の命を捧げた唯一無二の存在だからだ。
「やっぱり卒業したらマティスの専属護衛魔術師になるんでしょ?」
「え?」
「だってお昼の時もリュカ、マティスの護衛の人みたいにしてたじゃない」
言われて無意識だったことにリュカは気付く。
――やはり長年の癖は抜けないか。
「まだ分からない。それがいいのかどうか……」
今もマティスへの忠誠心は変わらない。専属護衛魔術師になることにもまったく抵抗がない。だがマティスの専属護衛になれば護衛優先になるため、マティスの叔父ブノア・ビクラミの謀反を事前に阻止することができないかもしれないのだ。ならばマティスの専属護衛にならずにいたほうが自由に動けるのではないのかと思ってしまう。
「リュカなら絶対にマティスのいい専属護衛魔術師になれるわ」
言い切るアイラにリュカは鼻で笑う。
「そんなの分からない。自分では完璧に守れていると思っていても、不運は突如とやってくるものだから……」
そう言って悲痛な顔をするリュカを見てアイラは回帰前のことを思い出す。
――私が死んだ後、マティスとリュカはどうなったんだろう? あの時外では何か反乱らしきことが起こっていたはず。だとすれば最初に狙われたのは国王とマティスだわ。
そしてリュカを見る。
――もしマティスを守れず殺されたとしたら、リュカはどうしたんだろう。
今のような表情を浮かべ、後悔の念に苛まれるのだろうかとアイラは眉を潜める。
「大丈夫よ! リュカの強さなら絶対に負けるわけないわ! 私が保証する!」
するとリュカがフッと笑った。
「慰めてくれるのは有り難いが、そう言うならもう少し成長してくれ。なかなか上達しない奴を教えている身としては、自信を無くす大きな原因の1つなんだからな」
「そ、それとこれとは別でしょ!」
「いや、一緒だ」
あたふたするアイラにリュカは声を出して笑う。
「あはは。冗談だ」
「ひどい!」
そう言ってリュカを睨むが、初めて見る大声で笑っているリュカを見て、
――リュカも普通に声だして笑うんだ。
とアイラは笑顔を見せるのだった。
するとそこへジンがやって来た。
「おー! お前らやってるなー」




