24 発作
マティスは胸を押さえて背中を丸めて苦しみ始めた。
「マティス!」
「殿下!」
リュカとケインが慌ててマティスの体を支える。その瞬間、マティスやアイラ達を囲むように白い幕が張られた。周りからマティスの様子が見えないようにギルバートが結界を張ったのだ。
マティスを見たアイラは目を瞠る。
――発作!
前世で学生の頃のマティスは原因不明の発作を起こし、その都度アイラが精霊魔法の癒やしの力で発作を和らげていたことを思い出す。
――助けなくちゃ!
だがマティスへ近づこうとして留まる。今ここで精霊魔法を使えばマティスにばれてしまい、皆にばれて王宮精霊魔法士にさせられてしまうかもしれない。それだけはどうしても避けたい。
――でも……。
前世でのマティスの発作は最初の頃は酷かった。だがアイラの精霊魔法の癒やしの力を与えてからは頻度も減り、辛さも軽減し長引くこともなくなっていたのだ。
マティスを見れば、額に汗を滲ませて相当辛そうにしている。
――どうしたらいいの!
するとギルバートが袋から水筒を出し紅茶らしきものをコップに継ぎ始めた。その匂いにアイラは眉を潜める。
――この匂い、どこかで……。
そこでハッとする。それはアイラが殺される時にソフィアが用意した紅茶の匂いと酷似していた。
「殿下、安定剤が入った紅茶です。お飲みください」
そう言ってギルバートはマティスへとコップを渡す。マティスがコップを受け取り口に運ぼうとした時だ。アイラはマティスの手首を掴み飲むのを止めさせた。それに驚いたのはリュカやケイン達だ。
「それを飲んじゃだめ」
するとケインとギルバートが抗議する。
「何を言うんだ! これは安全な紅茶だ! 手を離せ!」
「そうです。いつも殿下はこれを飲んで気持ちを落ち着かせているのです! 手を離しなさい!」
2人は発作ということをはぐらかした。マティスが発作持ちということは一部の者しか知らない。だからアイラに知られることを恐れたのだろう。
「嫌よ!」
アイラはマティスの腕を掴む手に力を込め、頑なに拒否する。
――そうよ。これは回帰前、ソフィアが私に持ってきた紅茶と同じもの。
あの時と同じで体が本能的に拒否をしている。昔からこの感覚は100%当たる。一種のアイラの能力だ。だとすれば薬ではなく体に害を及ぼすもの。
――マティスは回帰前の時も確か飲んでいたはず。
だとすれば、気付かれないように微量の毒をマティスに飲ませ続けていたということになる。
「うっ!」
マティスがまたうめき声を上げた。
「殿下! 君! 手を離せ!」
ケインが強引にアイラを離そうと手を伸ばしてきたが、それをアイラはパシッと手を払い退けて怒鳴るように叫ぶ。
「少し黙ってて!」
――もう迷っている場合じゃないわ。まずはマティスを助けることが先よ。
アイラはマティスの胸に手を当て精霊魔法の癒やしの力を注ぎ込んだ。
そこでハッとする。
――どういうこと?
回帰前ではマティスの発作は原因不明で治らないと言われていた。だから精霊魔法士がよく癒やしの魔法をかけたり、薬で抑えていたのだ。だが今アイラがマティスに触った瞬間、原因が分かってしまった。
――これは病気じゃないわ。故意に仕向けられたものだわ。なぜ回帰前では気付かなかったの?
そこで気付く。学生の時はアイラが癒やしの魔法をマティスにしていたが、王宮で働くようになってからは他の精霊魔法士がしていたため、マティスに触ることがなかったからだ。そしてアイラの精霊魔法の力が強くなったのも王宮で働くようになってからなのだ。
――だから気付けなかったんだわ。
するとマティスの苦痛の顔が和らいだ。発作は治まったのでアイラは手を離す。
「これはどういうことだ?……」
信じられないと驚くマティスにアイラは言う。
「マティス、その発作のことだけど」
「!」
なぜ発作のことを知っているのかとリュカ以外驚きアイラを見る。
「応えて。発作は頻繁にあったんじゃない?」
「!」
アイラの言葉にマティスと護衛の2人は驚き目を見開く。
「なぜそれを……」
――やはりそうだ。
回帰前でもそうだったのだ。知っているに決まっている。だがそれを言うことは出来ないため無視する。
「今からあなたのその発作、治してあげる」
「!」
それにはそこにいた全員驚きアイラを見る。マティスは一瞬驚いた顔をしたが、弱々しく笑い応える。
「ありがとう。気持ちは有り難いが、それは無理なんだ」
信じていないのだろう。そりゃそうだ。医者から原因不明だと言われているのだ。それを学生のアイラが治すなんて無理に決まっていると思うのが普通だ。
「信じるか信じないかは私がやってから判断して」
するとすぐにギルバートとケインが反論の声をあげる。
「殿下なりません! 君もいい加減なことを言うんじゃない!」
「そうだ! 嘘を言うものじゃない!」
――そりゃそうよね。その反応は正しい。普通はこんな学生の言うことを信じることなんて出来るはずはないもの。でも信じてもらうしかない!
もう一度説得しようとした時だ。
「わかった。君の好きなようにして」
マティスが応えた。
「え? いいの?」
「ああ。判断はしてからにしろと言ったのは君だ」
――信じてくれた……。
するとケインが強い口調で言う。
「殿下、いいのですか!」
「ああ。別に彼女が失敗したからといってこの状況が変わるわけじゃないから」
「確かにそうですが……」
マティスにそう言われてしまえば引き下がるしかないためケインは黙る。それを見届けたマティスはアイラへと視線を戻し言う。
「だから君に任せるよ」
アイラは口角を上げる。
「ありがとう。あなたらしいわ」
「? それはどういう意味?」
マティスの疑問には応えず笑顔だけ見せる。
「じゃあそのままでいてね」
アイラは右手をマティスの胸に、左手を自分の胸に当てると目を閉じて言う。
「大地の精霊、力を貸して」
するとアイラの全身が淡く光り始め、髪もふわっと逆立つ。その神秘的な光にマティス、リュカ、ケイン、ギルバートはアイラに釘付けになった。
そしてアイラは目を開ける。そこには銀色に光る双眸があった。




