23 前世でのマティスとの出会い
前世でマティスと初めて話したのは、同じAクラスになって何日か経った頃だった。
【前世】
アイラが入学して2週間が過ぎようとしたが、まだアイラには友達という友達がいなかった。
Aクラスは成績優秀者で固められている。そしてそのほとんどが貴族出身者だ。
その中でアイラだけが貴族ではなかったため、クラスの者は誰1人とアイラに話しかけてくる者はいなかった。だがそれを悲しいとは思わなかった。反対に1人の方が楽でいいとまで思っていた。
そんなある日、中庭で1人昼食を取っていた時だ。中庭に咲く花壇の花が皆元気がないことに気付く。その日から花壇の花々は日に日に元気がなくなり萎れていった。なぜなのかと思い花壇の世話をしていた庭師の初老の男性に声を掛けて訊いた。すると病気にかかり薬や肥料を上げたがいっこうに良くならないから、そろそろすべて植え替えようとしていたところだと話してくれた。
「えーもったいないわ。まだその花達、生きてるわ。おじさん、私に任せて!」
アイラは精霊魔法を使い、中庭のすべての花を元気にさせ綺麗に咲かせた。庭師の男性は目を見開き口をぽかんと開ける。
「こりゃ驚いた。ここまで凄い精霊魔法は初めて見たわい。お嬢さん凄いね」
「ありがとう。おじさん」
そして少しの間アイラは庭師の男性と雑談をし、別れた時だ。
「ねえ」
後ろから声を掛けられた。誰だと振りむけばマティスだった。まさかマティスから話しかけてくるとは思っていなかったため驚くが、ただそれだけだ。アイラの中では皇太子であろうがクラスの貴族と何も変わらない。自分に話しかけてこない、一生わかり合えない者だという位置付けのため無表情で応える。
「なに?」
敬語も使わず不愉快そうに応えたアイラにマティスは目を瞬かせる。すると案の定その後ろに控えていたケインが声をあげた。
「誰にものを言っている。この方は――」
「知ってるわよ。皇太子のマティス・ビクラミアでしょ」
アイラはわざと言葉を重ねて呼び捨てにして言う。するとケインが怒りを露わにし怒鳴った。
「呼び捨てとは! 無礼だぞ!」
だがアイラはそれには動じず、淡々と応えた。
「だからなに? ここは学校よ。学校は平等な場所だと最初に説明をうけたわ。皇族だけ特別扱いっておかしくないかしら? それとも皇太子だけ違うの?」
この頃のアイラはまったく世間を知らなかった。だから言えた言葉だ。元々平民出身のアイラは礼儀作法を習っていたわけではない。ましてや王宮などとは無縁の場所の田舎に住んでいたのだ。
通常皇太子にこのような態度を取った時点でなにかしら罰則や拘束があってもおかしくはない。案の定ケインとギルバートがアイラを拘束しようと動こうとした。だがそれをマティスが手をあげて止める。
「確かにそうだね。僕だけ特別扱いは良くないね」
「殿下!」
ケインにそれ以上言うなとマティスは目で制する。
「ケイン、僕がいいって言ってるんだ。黙っててくれ」
「……わかりました」
マティスに言われ、ケインはしぶしぶ後ろに下がった。それを見届けたマティスはアイラへと視線を戻すと笑顔を見せる。
「君、さっきの凄かったね!」
その言葉で今のやり取りを見られていたことに気付く。
「あ、ありがと……」
褒められたことに顔を赤くし照れるが、
「君は何年生?」
とまさかの言葉にアイラは高揚していた気持ちが一気に冷め、目を細め言う。
「1年生であなたと一緒のクラスよ!」
「え?」
マティスは驚き目を見開く。その顔を見て、
――まさか同じクラスだったとはと言いたげな顔ね。まあそうでしょうね。あえて目立たないようにしてたんだから。
ムッとしているアイラにマティスはあたふたし謝る。
「ごめん。まだクラスメイトの人を全員把握してないから」
――でしょうね。皇太子からしたら私なんてただの一般市民の1人なんだから。
「別に気にしてないわ」
そう言ったが、まったく気にしていないわけではない。分かっていてもやはり少しはムッとはするものだ。だから顔には思いっきり不満ありありに出して言った。だがマティスはそれを真に受けた。
「そう。よかった。あ、君の名前を聞いていいかい?」
まさかそのまま信じるとは思わなかったアイラは目を瞬かせるが、別に何かしてほしかったわけではないため嘆息し応える。
「アイラ・フェアリよ」
「フェアリ嬢は――」
アイラは手の平をマティスの顔へと向け話を遮り言う。
「アイラでいいわ」
普通なら皇太子の話を折るのはマナー違反で文句を言われても仕方ない行為だが、マティスは笑顔で返す。
「じゃあ僕のことはマティスでいいよ」
「よくないわよ。あなた皇太子でしょ。殿下と呼ぶわよ」
「いや、マティスと呼んでくれないかい?」
「でも……」
「お願いだ。アイラ」
懇願するように言われたら断ることは出来ない。
「わかったわ」
その時、ケインとギルバートがなぜか不満ありありの表情をアイラに向けていた。あの時はなぜなのか分からなかったが、名前で呼ぶのは家族か親しい信頼する者のみだと後から知り、ケインとギルバートからしたら、どこぞの一般市民のアイラがマティスを呼び捨てにすることが許せなかったようだ。
「それにしてもアイラの精霊魔法凄いな。一瞬で中庭の花を咲かせるなんて」
「そう?」
昔から普通にやっていたことのため、凄いと思ったことがなかった。
「凄いよ。素敵な魔法だね」
「私が凄いわけじゃないわ。精霊達が凄いのよ。私はただ精霊に力をお願いしてるだけよ」
そう言って笑うアイラの笑顔にマティスが惚れたのは、アイラは知らない。
その後マティスは事あるごとにアイラに話しかけるようになった。だがアイラはそっけなく遇った。それがマティスには新鮮だったのか、どれだけアイラがぞんざいにあしらってもめげずにアイラへと話しかけてきた。そうなると、今度は周りから「殿下に媚を売っている」「ちょっと殿下に気に入られたからといい気になるな」等の罵倒や嫉妬でイジメが始まった。そしてあることないことの噂が立ち、アイラに話しかけてくる生徒は誰1人といなくなった。
だからアイラはマティスに言った。
「あなたといると、私はあることないこと言われるしイジメに遭うのよ。だからもう話しかけないで!」
マティスは驚き、そしてアイラに頭を下げて謝った。
「そうだったのか? ごめん気付かなくて。辛かったね。これからはそんな気持ちにさせないから」
それ以後マティスは授業中以外はアイラの側にいた。そのおかげでイジメはなくなった。そして一緒にいるうちにアイラも心を許し、マティスと友達になった。
そしてマティスの友達のミゲルとダリオとハーツが加わり、卒業するまでこの4人で行動を共にすることになったのだった。
【今世】
そんな回帰前の時を思い出し、アイラはフッと笑う。
――素直に相手の意見を聞くところはいいんだけど、言われる前に気付きなさいよね。
マティスの悪い所はここだ。言わないと分からない。皇太子だからそうなのだろうが、そこがどうしてもアイラをイライラさせる。
いきなり笑ったりムッとしたりと、コロコロ変わる表情のアイラにマティスは首を傾げる。
どうしたのかと訊こうとした時だ。
「うっ!」
マティスは胸を押さえて背中を丸めて苦しみ始めた。




