20 リュカの願望
「じゃあ何か? 来年その偽物の聖女のソフィアっつう女子生徒が転校してくるのか?」
「はい」
前世のマティスの話では、ソフィアは聖女として選ばれこの学校に編入したと聞いていた。それよりも、
「俺が説明しなくても先生は分かってるんじゃないんですか?」
リュカの記憶を見たのならリュカが説明しなくてもジンは分かるのではないのか?
「俺はお前が体験した記憶を映像で見ているだけだ。お前が聞いた言葉や思ったことは分からねえって言ってるだろ」
「あ、そうでしたね」
なぜか嘆息しながら言うリュカにジンは目を眇める。
「お前、今説明が面倒だと思ったな」
「……」
黙って目を逸らしたリュカをジンは眉をヒクヒクさせる。
――大分こいつのことが分かってきたぞ。都合が悪いと視線を外し黙りこみやがるな。
ジンは嘆息し話を戻す。
「じゃあ来年そのソフィアという女が転校してくるということは、今年には神託が下りるということだな?」
「だと思います」
「なら本物の聖女はどうなったんだ?」
「え? 本物の聖女?」
「ああ。聖女が途切れることはまずない。国守玉を浄化しなければならないからな。それに神託があること自体は嘘をつくことは出来ない。国守玉がそれを教えるからだ。だとすれば本物の聖女がいたはずなんだ」
リュカは記憶を辿るが、そのようなことをマティスから聞いたことはない。
――なぜだ?
「前回の時、聖女が現れる前、神官長が変わったりしなかったか?」
「すみません、そこまではわからないです」
前回もリュカは学生だった。ならばその辺の事情を知る由はなかった。
「そうだよなー。その時お前は学生だったもんなー」
「はい」
「たぶん神託を受けた神官長は、発表した神官長とは別の人物だろうな。そんな偽物の聖女が簡単にまかり通るとは思えねえからな。どうせブノアの雇われ神官なんだろう」
「その時の神官は……」
「たぶん殺されているだろうな。神官長に選ばれる者はそのような者に加担するような者じゃないからな」
だがとジンは眉を潜める。
――てことは、本物の聖女も殺されている可能性があるな。だがおかしい。その頃から俺達『国守玉の脚』は動いているはずだ。なのになぜ国が滅びるほどの最悪な結果になった? 国守玉をも騙せたのか?
「じゃあ神託を受けた神官を守り、本物の聖女を見つけ、保護すればいいってことですね」
リュカは顎に手を当て呟く。
「まあそうだろうな。ただそれだけでは回避は出来ないだろうな」
「出来ない?」
「ああ。それだけでいいならお前だけが時を戻ればいいことだ。だが今回アイラも戻って来ている。だとすれば、それだけでは回避は無理だということだ。お前の記憶を見た感じだと巧妙に事件が起きるまで隠されていた感じだ。アイラだけが聖女が偽物だと気付いていたようだがな」
「なぜフェアリ嬢は気付いたんですか?」
ずっと気になっていたことだ。ソフィアは浄化の力もあった。そして何より聖女独特の魅力というものも持ち合わせていた気もする。言われなければ誰も気付かなかったはずだ。
「それはアイラの精霊魔法の力がずば抜けて高いからだろうな。お前もさっきのアイラの魔力を見ただろ? あの力はほとんどが精霊魔法の力だ。あれほどの精霊魔法の魔力を持つやつなんで王宮の精霊魔法士の中にもいない。だから感覚で分かったんだろうな」
そこでリュカはハッとする。
「じゃあ、もしかして本物の聖女も見れば分かるってことですか?」
「分かるだろうな」
「ではフェアリ嬢に見つけてもらえば!」
「そう簡単にはいかないと思うぜ。あいつは今回この件に関して関与しないと決めている。もし話して力を貸してくれと言っても断られるのが関の山だ。現にお前と殿下は避けられているんだろ?」
――確かに1度会った以来アイラ・フェアリとは顔を合わせていなかった。それはクラスが違うからと思っていたが、わざと避けられていたのか。
リュカはどうしたものかと眉を潜める。
ブレアの反乱は抑えることは出来てもマティスとアイラの仲がうまくいかないかもしれないのだ。本来ならマティスとアイラは同じクラスになり友達になっているはずだった。なのに今回はアイラはそれを望んでいない。だとすればこのままマティスと知り合うこともなく終るかもしれないのだ。そうなればリュカが望んでいたマティスとアイラが恋仲になり、末永く幸せに暮らしてもらうこともなくなってしまう。
「このままでは駄目だ……。どうにかしなくては……」
考え込み独り言のように呟くリュカにジンは訊ねる。
「何が駄目なんだ?」
リュカはジンへと視線を向ける。
「本物の聖女を見つけることが出来ないからか? 国王の弟の反乱を未然に防ぐことができないことか? はたまた、マティス殿下とアイラが恋仲にならないかもしれないことか?」
「すべてです」
リュカは間髪入れずに応える。今ジンが言ったことすべてがリュカの望みなのだ。
そんなリュカにジンは肩を窄める。
「まあ反乱を阻止するのは国守玉の願いでもありこの国のためだ。そして本物の聖女もその関連だからいいとして、殿下とアイラのことは関係ねえだろ」
「関係ないことはないです。マティスは前世もフェアリ嬢のことを慕っていた。今回もそうなってもらわなくてはならない」
真剣に言うリュカにジンは嘆息する。
「はあー。それはお前の個人的な願望だろ」
「そうです」
「じゃあ聞くが、回帰前と同じようにと言うが、回帰前のあの2人は両思いだったのか? 違うだろ。マティス殿下の片思いだろ?」
「……」
「アイラはマティス殿下のことを友達とは思っていたが、それ以上の感情は持っていなかった。自分の立場も知っていたしな。それがなくてもアイラはマティス殿下のことを恋愛感情で見たことは一度もなかったんじゃないのか? 反対にマティス殿下に何度も告白されて困っていたくらいだろ」
「……」
「お前のその望みは、マティス殿下のためのものであって、アイラの気持ちを無視した身勝手な希望だ」
「!」
リュカは考えもしなかったことをジンに指摘され唖然とする。
「お前がそう考えたくなるのも分かるぜ。悲惨な亡くなり方をした主君でもあり、お前のすべてだったマティス殿下のことを思うが故の思考だろうからなー」
「……」
「だがその考えは今回の人生では余計なお世話だ。回帰前のマティス殿下はこの国とアイラの命を守ってくれと頼んだが、気を引くようにしろとは言われてないだろ?」
「……そこまで分かるんですね」
あまりにも詳しいジンに、すべてを覗かれていたのかと驚きを通り過ぎて機嫌が悪くなりムッとする。
「だから言ってるだろ。俺は映像でしか見てないと。アイラの記憶の映像とお前の記憶の映像を見ての俺の考察だ。でもまあ、お前の言い方からして当たっているということだな」
「……はい」
「今回まだマティス殿下とアイラは知り合っていない。今後知り合う機会が訪れたとしても、マティス殿下がアイラを気に入るかも分からない。もしマティス殿下がアイラのことを好きになったとしてもアイラはそれを今世も願わないだろう。前世と同じように距離を置くだろうよ」
――確かに先生の言う通りだ。
「だからあの2人のことは2人に任せて、お前は余計なことはするな」
そう諭すように言うジンにリュカは呟く。
「本当に先生だったんですね……」
その言葉にジンは片眉をピクっと引きつらせる。
「お前、俺のこと先生じゃないと思ってたのかよ」
だがリュカはそれには応えず視線を外す。そんなリュカにジンは、
「思ってやがったな! 分かったぜ! どれだけ俺が素晴らしい教師かこれから分からせてやるよ! 見とけよ! 大魔術師様!」
と嫌みを返えすのだった。




