19 ジンの能力
「悪いが読ませてもらう」
「!」
だがジンが手を添えていたのはほんの数秒ほどだった。
「やはりな。お前、時を戻したな」
「!」
すると拘束が解かれた。その瞬間、リュカは大きく後ろに飛び退き間合いを取る。
「そう警戒するな。ただ俺の考察が正しいか確認しただけだ。これは俺の問題でもあるからな」
「?」
「なるほどな。密偵の職を1年経て技術を学び、その後魔術師団に入団し、長まで上り詰めた経歴持ちか。ならその強さは納得だな」
「俺をどうする気だ?」
「そんなの決まってるだろ。お前を手伝ってやるんだよ」
「え?……」
「それが国守玉の願いだからな」
リュカはどういうことだと眉根を寄せる。するとジンはその場にあぐらを掻き座り、
「まずここに来て座れ」
と、自分の横の床をトントン叩き促す。
「ちょっと情報が多すぎてな。頭で整理するからその間待てや」
そう言ってジンは目を瞑り何やら考え始めた。まったく警戒することもなく無防備なジンにリュカは拍子抜けし警戒を解くと、ジンの側に歩み寄り、言われた通りあぐらを掻き座る。
しばらくするとジンは目を開け話し始めた。
「まず確認だ。お前はマティス殿下と国王、そしてアイラの命を守るために戻って来たんだな」
やはりすべて知られていると驚き、リュカは隠しても無駄だと諦め素直に頷き返す。
「ああ」
「そのため今回はエリート学校ランカル学園には行かず、マティス殿下とアイラがいるこの学校に来た。でもなぜか前回とは違い、アイラが精霊魔法を専攻せず魔術師を専攻していることに驚いた」
「……」
「それはなぜなのかと不思議に思っているって感じか?」
「……ああ」
「それはなー、アイラもまた時を戻ってきたからだ」
「!」
リュカは驚き目を見開く。
「彼女も?」
「ああ。だがアイラは自分の力じゃない。国守玉の力でだ」
「え?」
「そしてあいつは前回の辛い経験から、今回は精霊魔法士になることと、マティス殿下と知り合いになることを拒絶している」
「――」
「今回は王宮には入らず、普通の人生を歩むことを願っているんだ」
リュカはその場で放心状態になる。まずアイラも自分と同じく戻って来たのも驚きだが、それよりもまったく違う人生を歩もうとしていることに唖然とする。そこで気付く。
――だからか。俺とマティスを見て嫌そうな顔をしたのは、前回の記憶があったからだ。
「国守玉の願いはお前と同じ、この国を守ることだろう。最悪な結末を回避するためにアイラの時間を戻した。だが当の本人はまったくそのことに気付かず違う人生を歩もうとしている」
それを聞いてリュカはアイラの最期を思い出し目を伏せる。
――あんな死に方をしたから同じ人生を歩みたくないんだろうな。
リュカの願いは、最悪な事態になる前に阻止し、アイラには精霊魔法士として働いてもらい、そしてマティスの想いを受け入れてほしいと思っている。だがジンの話からアイラはそれを願っていない。
――どうしたものか……。
するとジンが言う。
「お前、すごいな」
「?」
「時を戻した理由が自分のためじゃなくマティス殿下のためか。普通他人のために簡単に命を捧げるやつはいねえよ」
「マティスは俺の唯一の主君であり忠誠を誓っていた人物だったからだ」
「だからと言ってそう簡単にできることじゃない。ましてやもうすぐ死ぬ主君のために自分の命を自ら捧げることなんて普通は出来ないぜ」
「……」
「別に悪いと言っているわけじゃない。ただちょっと異常なほどの忠誠心だなと思っただけだ」
確かにマティスに対して依存していた節はあったかもしれないと今なら思う。理由は分かっている。それは小さい頃からの幼なじみであり、信頼出来る唯一の人物だったからだ。
「俺はマティスの護衛につく時に誓った。マティスの命令はすべて聞くと! そして死ねと言ったら死ぬと!」
「だから迷いもなくうまくいくか分からない博打のような魔法をするために自分の命を終らせたのか?」
「ああ」
まっすぐジンの目を見て応えるリュカにジンは、
「ばかだな」
と嘆息する。
――時を戻す魔法は必ず成功するものじゃない。魔力が足りなければただの自殺行為だ。成功して戻れたとしても必ずしも願いが叶うものでもない。ほとんど博打と一緒の魔法だ。それを迷いもなくしちまったんだからなー。こいつは。
「その忠誠心は王宮に仕える魔術師団員や騎士としては尊敬に値するが、それが最善だったとは俺は思わない」
「王宮の護衛じゃないからそう言えるんだ」
リュカはムッとして言う。
「確かにそうかもな。だが俺は、護衛は主君を守って死ぬことがあっても、主君の命令で自分の命を絶つのはあってはならないと思っているだけだ」
リュカもそれには否定はしない。ジンの言うことも一理あり理解は出来るからだ。
――だがあの時は国の状況と瀕死のマティスの願いを聞くことが最善の方法だった!
そう思い反論しようとした時だ。
「まあ状況が状況だったからな……」
そう言ってジンはすうっとリュカの頭に手を置く。
「辛かったな……よく頑張った」
ジンとは今知り合ったばかりで親しいわけではない。そして誰かの助けが欲しかったわけでもなく、慰めて欲しかったと思ったこともない。
なのに頭に置かれた手を払い退け、否定しようとはなぜか思えなかった。反対に、
――温かい……。
その手のぬくもりがずっと気を張っていたリュカの心を溶かし、心地良い気持ちにさせた。
「お前は優しいからな」
「別に優しくない……です」
ふいに言われた言葉に、リュカは目を泳がせ照れて視線を外す。そんなリュカにジンは微笑む。
「そうか? マティス殿下を守るためにわざと悪者になったり、他の者とあまり親しくならないようにわざと距離を置いたりしていたじゃねえか」
「人と距離を置いていたのは人見知りで面倒だからであって――」
「嘘つけ。大魔術師と言う壮大な名前を付けられ、皆から怖がられていたから、あえて距離を取ったんだろ?」
ジンの指摘にリュカは目を細める。
「……そこまで分かるのですか?」
いつの間にか敬語になっているリュカに、
――少し落ち着いたか。
と内心安堵しながらジンは応える。
「いや。俺が見ているのは映像のみで、お前が経験したことのみだ。お前が思ったことまで分からねえよ。映像から俺が推測しているだけだ」
それでここまで正確に言い当てられるとはとリュカは感心する。
「凄いですね」
リュカは素直に言うとジンはフッと笑う。
「人見知りと面倒だからというのは本当みたいだな」
「?」
「なんでも自分1人でやった方が気軽でいいと思っている」
「……」
何も言わないリュカにジンは図星だなと苦笑する。
「今回もどうせ1人でどうにかしようとしていたんだろ」
「……」
「まあ時を戻した者はそう思うだろうよ。自分しか知らないからな。だが残念だったな。今回国守玉が関わっているとなると、俺は強制的にお前達を助けなくてはならねえ」
そこでリュカは眉を潜める。
「強制的?」
「ああ。さっきも言ったが、俺は『国守玉の脚』だと言っただろ? 俺達『脚』は国守玉が願うように強制的にそのように動かされる。今回が良い例だ。アイラの記憶を見せられ、お前の記憶も見せられた。そのように持って行かれたと言った方がいいな。まあここで1ヶ月前にこの学校の非公認教師を強制的にさせられた時点で何かあるとは思っていたけどな」
ジンは嫌そうな顔をする。
「そんなに嫌なら断ればいいじゃないですか」
「そう思うだろ? もう何回回避しようとしたか。だがなー、どう抗ってもそのように持って行かれるんだよ。相手は国守玉で、神と同じだからな」
国守玉は神の声も降ろす。だとすれば、国守玉を通して神がそのようにしているということだ。
「だから俺はもう今では諦めて従うようにしてるんだよ。結局そうすることで良い方向に行っているのは確かだからな」
ジンはそこで立ち上がる。
「ってことで、まずお前はどうしたいんだ?」
リュカも立ち上がり反対に訊ねる。
「その前に、俺はどうやってあなたを信用すればいいんですか?」
――口ではどうとでも言える。この人の言うことを鵜呑みにしていいのか?
「俺の話を聞いてもすべてを受け入れることは出来ないだろうよ。だが信じてもらうしかねえ。前回の人生の時、ユーゴ先輩と俺の関係を知っているなら信用できるんじゃねえか?」
前回リュカの上司だったユーゴとジンは先輩後輩の仲だと聞いていた。そしてユーゴはジンをとても信頼し気に入っていたのだ。
「どの道、お前が断っても、俺が途中でやりたくねえと投げ出しても、結局引き戻されるのが落ちだけどな」
確かにそうだとリュカも思う。なら答えは1つしかない。
「わかりました。俺はあなたを信じます」
「ああ」
するとジンは、遠くを見るように呟く。
「お前の記憶から、ユーゴ先輩は死んだんだな……」
「はい。海に落ちて亡くなったのは分かっているのですが、遺体も見つからず犯人もわかりませんでした。ユーゴ団長が亡くなった後あなたを探しましたが、放浪の旅に出たとかで行方を掴むことは出来ませんでした」
前回の時のジンのことをリュカは話す。
「そうか。どうせ国守玉に関して調べていたんだろう」
「そうだと思います」
「なら、先輩の命も守らないといけねえな」
「ええ」
そしてリュカはこの半年間リュカなりに考えたことをジンに話した。




