132 マティスの猛アタック
次の日、食堂で食べていたアイラ達の所にマティスとリュカがやってきた。
「アイラ、サラ、久しぶり」
マティスは笑顔でアイラとサラに声をかけアイラの右隣りに座り、リュカはサラの左隣りに座る。
「殿下、久しぶりね。もう公務は大丈夫なの?」
サラが訊く。
「うん。やっと少し一段落したとこだよ。一応学生だからね。これ以上休むと単位を落とすことになるからね」
学校の単位が危ういから校務を減らしたようだ。
「確かにこれ以上休んだら留年だな。皇太子が留年ってよろしくねえよな」
アイラの左隣りに座っていたライアンが笑いながら言うと、マティスは苦笑しながら頷く。
「そうなんだ。気付いたらあと3日休んだら留年決定っていうことが分かってね。急遽公務をすべてキャンセルしたってやつさ」
確かにここずっとマティスは学校に来ていなかった。前世ではここまでいなかったことはなかったなとアイラは思う。やはり前世とは色々変わっているようだと実感する。
「アイラ、おいしそうなもの食べてるね」
マティスがアイラが食べているピラフを見て言う。
「これはピラフと言って、バターで野菜などを炒めたご飯よ」
アイラが説明すると、マティスは「へえ。そうなんだ」と興味津々で見ている。その光景にサラが首を傾げた。
「殿下、ピラフ知らないの?」
「ああ。食べたことないな」
「上の食堂にもないの?」
それに答えたのはサラの右横に座っていたカミールだ。
「上には庶民の食事はないね。ほとんどがコース料理だよ」
「コースって……。さすが貴族ね」
サラは目は苦笑する。だがそういうサラも貴族だ。
「サラも貴族じゃない」
アイラが笑いながら言うと、
「貴族でもピラフは食べるわよ。アイラ達とそう変わらない料理を食べてるわよ」
するとライアンやカミールも頷く。
「そうだぜアイラ。お前それは偏見だ。貴族もピラフぐらいは食べるぜ」
「だね。たぶん食べないのは、皇族と相当上の位の貴族ぐらいだよ」
「そうなんだ」
初めて知ったとアイラは目を丸くする。前世で友達と言えたのはマティスだけだった。だから貴族は全員庶民の食べ物は知らないと思っていたのだ。
「アイラ、どこからの情報だよ。貴族はピラフを知らないって」
ライアンが笑いながら言う。それは前世でマティスしか友達がいなかったからなんて言えるわけがなく、
「そう勝手に思ってただけよ」
と応える。アイラのように考えている一般人はよくいるため、ライアンはそれ以上追求してくることはなかった。
するとマティスが笑顔で
「アイラ、そのピラフ、少しくれないかな。食べてみたいんだ」
とねだってきた。
「いいわよ」
アイラはスプーンにピラフをすくいマティスに渡そうとすると、マティスはそのままパクッとスプーンにかぶりついた。
「なっ!」
アイラは驚き声を上げるが、マティスは気にもせず初めて食べるピラフに勘当し声を上げる。
「おいしい!」
「マティス、こんな面前の場でそういうことは止めてよね」
端から見たらアイラがマティスに食べさせた形に見えるではないかと冷静に抗議するアイラに、サラ達は苦笑する。
「今衝撃なことが行われたけど、アイラ、冷静ね」
「ほんと、周りは相当驚いているけどね」
カミールも苦笑する。ライアンと言えば、
「殿下、積極的だなー」と笑い、「リュカ、いいのか?」と揶揄気味に聞く。
だがリュカは笑顔で、
「別にいいんじゃないか」
と応えたため、ライアンは、「つまんねえなー」と肩を窄め苦笑した。
リュカと言えば、この光景は前世から見慣れているため、いつものことだと思い、何とも思っていなかった。相変わらずアイラのマティスに対しては塩対応だなと苦笑していたくらいだ。
そしてチラっとアイラとマティスを見れば、嬉しそうにマティスはアイラに話しかけ、アイラはうざそうにしながら話しに付き合っている。それを見て懐かしいと思い微笑む。
マティスの笑顔は心からの笑顔だ。そんな笑顔を見ると自然と両端の口角が上がる。
――ずっとこのまま続けばいいのに。
ふと思った言葉と共に、前世でのアイラとマティスの最期の映像が蘇り眉間に皺を寄せる。
――本当にこれで合っているのだろうか?
そう自問する。
――このまま行けば、アイラは殺されないで済むのだろうか? マティスも命を狙われることもなく、毒にやられず死なないで済むだろうか? 国は滅ばずに住むだろうか……。
悶々と答えがでない不安という蟻地獄に引き釣り下ろされて行こうとした時だ。
「リュカ?」
そこで現実に戻された。顔を上げればアイラが心配な顔を向けていた。
――心配させたか……。
アイラはリュカの表情で何を思っているのかが分かったのだろう。ある意味厄介だ。だが自分もアイラが心配をして声をかけてのが分かってしまっている。だからお互い様かと笑顔を見せ、
「大丈夫だ」
とだけ返事をする。その横にいるマティスの心境にも気付きながら、会えて気付かない振りをして。
するとアイラは何も言わずに微笑んだ。
その時だ。小さな地震が起きた。
「地震だ」
だがすぐ収まる。
「最近ちょくちょくあるわね」
サラの言葉に、マティスが言う。
「もうすぐ新月だからね」
――ああ、そう言えば、もうすぐ新月か。
アイラはそこで気付く。前世で新月の前になると小さな地震が頻繁に起っていたのだ。それは国守玉に不浄物が溜まり力が弱まるからだ。そして新月の時に聖女と精霊魔法士達が浄化をすると収まっていたのだ。
「でもちょっと前まではそんなことなかったわよね」
サラが疑問を口にすると、ライアンもそうだなと頷く。
「昔はなかったよな。なんで最近地震があるんだ?」
そこでアイラとリュカは確かにそうだなと思う。前世の時はそれが当たり前だったため、そのようなことを思ったことがなかった。地震が起るメカニズムを知っていたからだろう。だがサラが言うように、なぜ昔はなかったのか?
するとカミールが興味深いことを口にした。
「お爺さま曰く、国守玉の力が年々弱まっているからだろうって言ってたよ」
「弱まっている?」
「うん。国守玉も永遠じゃないって」
「それって国守玉も終わりがあるってことか?」
「うん。国守玉は完璧じゃないんだって。その理由はお爺さまから聞かされてないから分からないけどね」
――完璧じゃない?
それはどういう意味なのかとアイラは目を細める。
――前世で国が滅んだことと関係するのかしら?
だが滅んだことを知らないライアン達は、
「でも浄化すれば元通りなんだろ?」
「まあ、そうだろうね」
「なら大丈夫だな」
とあまり問題視することはなかった。
昼食も終わり、皆それぞれ教室へと戻るため立ち上がる。
「アイラ」
マティスに呼ばれアイラは振り返る。
「なに?」
「今度一緒にデートしよう」
それに驚いたのはサラ達だ。
――殿下がアイラをデートに誘った?
――マジ殿下、積極的じゃねえか!
――へえ、面白い展開だね。
サラ、ライアン、カミールは目をキラキラさせアイラを見る。だが当の本人は涼しい顔をし、
「行かない。マティス、立場を考えなさいよ」
と一蹴し去って行った。
「殿下の誘いを断った……」
「マジか」
「さすがアイラ」
サラ達は、やっぱりという感じで苦笑しマティスを見る。マティスと言えば、
「やっぱり断られたかー」
とあまり落ち込んだ感じはなく笑顔だ。そして、
「リュカ、行こうか」
と何事もなかったようにリュカと歩き出した。それをサラ達3人は見送りながら、
「なんか普通だな……」
「ほんとに」
「すごい会話だった気がしたのは気のせいかしら」
とただ立ち尽くすのだった。
アイラと言えば、平常を装っていたが、内心穏やかではなかった。食堂を出て廊下を俯きながら早足で歩く。
「どういうこと! なんでデート? やめてよー。これじゃあ前世の二の舞じゃない! 絶対に駄目! 駄目なんだから!」
そう言い聞かせるように何度も繰り返し言うのだった。
その頃、ジンは『国守玉の脚』の五守家の定期報告会の会合のため長であるボナール家を訪れていた。
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