131 前世の癖
「先生?」
アイラはジンに話しかけるが、何か真剣に考え込んでいるため返事が返ってこない。仕方なく椅子に座り、持って来た昼食のハンバーガーを取り出し食べながら窓の外を見る。そこには迎えに行ったリュカがマティスと合流し何か話しているのが見えた。
――そういえば、前世でよく見た光景ね。
王宮で魔術師団員が集まり話しているのをよくアイラは見かけた。そこに団長だったリュカもいた。
この頃はただマティスの護衛という認識で話すことはほとんどなかった。だからそこにいるなーというぐらいの認識だった。
するとリュカが急にある方向を見ると、王宮の正面玄関へと走って行った。どうしたのだろうと思っていると、その後マティスと一緒に現れたので、マティスが帰って来たため迎えに行ったのだとそこで気付いた。
正面玄関はリュカがいた場所から近くではない。目で見えることは絶対に不可能だ。なのにマティスが帰って来たのが分かることは凄いとその時思った。専属護衛ともなると、それぐらい出来るようになるものなのだと感心したほどだ。
だが今世もリュカは前世と同じようにマティスが来たことをいち早く外を見ることもなく気付いた。
――経験は関係ないのかな?
マティスとリュカは幼なじみだ。ならば何かしら気付くものがあるのかもしれない。
――もしかして私と一緒でマティスにも何かキーホルダーみたいな感知出来る物を持たせているのかもしれないわね。
そんなことを思って見ていると、マティスが嬉しそうに笑顔でリュカに抱きついている。リュカと言えば無表情だ。大分表情が豊かになったと思っていたが、まだまだのようだとアイラはクスッと笑う。
「ほんと、仲良いんだから」
そこで前世でよく見かけた2人の姿の映像が走馬灯のように色々と思い浮かび、最後、瀕死の自分に自身の上着を着せ、走って牢屋を出て行ったリュカを思い出す。たぶんあれはマティスの元へと行ったのだろう。
――2人は大丈夫だったのかしら?
ジンに前世のことを気にしても仕方がないと言われたが、やはり気になってしまう。だがやはり答えが出るわけがないため、結局最後は、
――大丈夫よね。リュカがいたんだもの。
と、そこに落ち着くのだが。
そして2人を見て思う。
――今世は、何事もなくいつまでもあのまま仲のいい2人でいてほしいな。
そう思いながらハンバーガーにかぶりついたのだった。
「マティス」
リュカがマティスの所へと走ってきた。
「リュカ……」
マティスが学校に来るのは久しぶりだ。リュカにアイラのことが好きだと伝えた以来リュカとは会っていなかった。あの時はリュカの態度に腹を立てリュカに当たってしまい、後から後悔したほどだ。
結局仕事が忙しくなりあれ以来リュカに会うことが出来なかった。
そして今日、どうやってリュカと会おうか考えながら学園に来た。もしかしたらリュカはもう自分と距離を置いてしまうのではないかと不安でいっぱいにもなっていた。だがマティスの不安とは裏腹に、リュカはいつもと変わらず普通に自分を迎えに来てくれた。
マティスは安堵と共にそれが嬉し過ぎて、
「リュカ!」
その気持ちのままリュカに抱きついた。
「なっ! どうした?」
「リュカ、この前はごめん。君に当たってしまった」
「?」
何のことを言われたのか最初は分からずリュカは眉根を寄せる。だがすぐに気付き言う。
「気にしていない」
本当のことだ。アイラと元に戻ってからは、マティスのことはまったく気にしていなかった。避けていたことも忘れていたと言ってもいい。そう思った瞬間、
――なぜだ?
と疑問府が頭に並ぶ。
「マティス、離れろ。変に思われる」
「え? あ、ごめん」
一部の者からマティスとリュカは恋仲にあるのではないかと言われていることを思い出し、マティスは慌てて離れる。
「ほんと、リュカと僕が出来てるって誰が言い出したのか」
苦笑しながらマティスは教室へ向かうために歩き出す。その横を歩きながらリュカも鼻で笑いながら応える。
「今みたいにお前が俺に事あるごとに抱きつくからじゃないのか?」
マティスはとても嬉しい時、リュカに抱きつく癖があった。それは昔からで、本当に嬉しい時にする行動だ。
「で、なんでリュカ、迎えに来てくれたの?」
「え?」
そこで気付く。前世からの癖でつい動いてしまったのだ。
――そういえば、まだ俺は学生だった。
「たまたま姿が見えたから……」
見えていなかったが、咄嗟に見かけたと嘘と着く。前世ではマティスを守るため、マティスの少しの魔力でも感知出来るように訓練をしていた。その癖が抜け切れていなかった。
するとケインとギルバートが苦笑しながら言う。
「リュカ君は俺達と一緒の殿下の専属護衛みたいだな」
「ほんとに。将来楽しみですね」
ケインとギルバートの言葉にリュカは何も応えることが出来ない。今はまだマティスを守ることは変わりないが、護衛になるつもりはないからだ。前世ならば、
「マティスの専属護衛になるのが夢ですから」
と応えていただろう。だがやることがある以上それは応えられない。
葛藤のような表情をするリュカにマティスは複雑な気持ちになる。少し前まではすぐに自分の護衛になるのが夢だと言っていたのだ。だが今リュカは言わなかった。その理由を考えるのが怖く言葉を発する。
「ケイン、ギルバート、あまりリュカを困らせるんじゃないよ」
「すみません。そんな気はまったくなかったのですが」
「私もです。リュカ君、ごめんね」
「いえ……」
リュカは首を横に振る。
「さあ、久しぶりの学校を楽しむかな」
マティスはそう言うと歩き出した。その後をリュカは付いていきながら思う。マティスは自分の気持ちに気付いたと。そりゃそうだ。小さい頃から一緒だったのだ。リュカもマティスの表情や仕草で何を考えているのかだいたいが分かってしまう。だからマティスもそうなのだろう。現に今まで言っていたのにマティスの専属護衛になることを言わなかったのだ。気付かないわけがない。
――悪いな。マティス。
リュカはマティスの背中に謝るのだった。




