123 逃げるな
「リュカ、今回のお前の行動は何のためだ?」
「え?」
「お前のその行動で良いことはあったか?」
考えるが何も良いことは浮かばない。だが――。
「マティスのためにと思ってしたことです」
無理矢理絞り出すように理由を言うリュカにジンは訊く。
「俺は最初お前に言ったよな? それはお前のただの願望だと」
リュカは最初マティスのためと思ってアイラの気持ちを無視し、マティスと恋仲にさせようと考えていた。だがそれをジンにアイラの気持ちを無視したただのリュカの願望に過ぎないと指摘されたのだ。
「今回もまたお前の身勝手な願望だぞ」
「違います。今回は別にマティスとアイラをくっつけようとは……」
「そうだろうよ。前の時とはお前の気持ちが違うからな」
リュカはジンを見る。
「お前はただアイラのことを特別に思っていることをマティス殿下に知られたくないからだろ」
「別に特別になんて思ってないです!」
強く言うリュカにジンは嘆息し、更に踏み込む。
「じゃあなんでアイラを避ける。なぜ怒っているマティス殿下に理由を聞かない。それはお前も薄々気付いているからじゃないのか?」
「そういうのでは……」
リュカの声はどんどんと小さくなる。自分でもどういうことなのか分かっていないのが本音だ。
「じゃあなんだ」
そこでリュカは考える。
あの時マティスにアイラのことをどう思っているのか訊かれ、恋愛対象ではないから安心しろと言った。するとマティスは、
「じゃあ気にしなくていいね」
と言ってきたため邪魔をしてはいけないと思いアイラとは距離を取ろうと思ったのだ。
「マティスの邪魔にならないようにと思い、距離を取ろうと思ったまでです。マティスの件は、なぜ怒っているのかは分からないので話しかけなかっただけです」
説明を聞いたジンは、
「まあ言い様だな」
と鼻で笑う。
「お前は本当にアイラを特別に思ってないのか?」
リュカは視線を落とし正直に話す。
「わからない……。あいつと最近ずっと一緒にいたから、それが普通になっていた。だから今会えないのが変な感じなだけです。……ただそれだけです」
「その行動をしたお前の本心はわからねえが、俺が見るにお前はアイラに対して友達以上の感情が芽生え初めてるんじゃないのかと思っているんだけどな。その感情のままに行くことを、お前は恐れている。だからお前はアイラと距離を取ろうとしてるように俺は見える」
ジンに言われリュカは鼻で笑う。
「端から見ればそうも取れますね」
――客観的に見れば、そう見えるだろう。だがそういうものではない。現にマティスとアイラが恋人になったら祝福するからだ。
だからはっきりと言う。
「俺は先生が思っているような感情をアイラには持っていません」
「じゃあなんでお前はさっき機嫌が悪かった?」
「……」
これに関しては明確な答えが出ない。自分でもわからないのだ。
「分かりません……ただイライラしてて……すみません」
下を向きただ謝るリュカにジンは嘆息する。
「ならイライラした時に考えてみろ。お前の本心が見えてくるだろうよ」
リュカはジンと別れ廊下を歩きながら考える。
――イライラしている……か。
確かに最近落ち着かない。アイラと合わないからだというジンの言うことがどうしても当てはまらない気がするのだ。じゃあなぜなのか?
――わからない。
すると四竜3体の声が聞こえて来た。
『お主も損な性格だな』
『うむ。主君を優先にして尽くすのが当たり前になっておる』
『自分を後回しにしておるな』
その声を聞いたリュカはムッとして言う。
「主君を優先にし守るのは当たり前だろ」
『前世の魔術師団で王子に忠誠を誓った従者のお主ならばな。だがお主は今は違うであろう?』
「……」
『お主はまだ王子の幼なじみで親友というだけの立場だ。王子を優先にする理由はないであろう』
「そうだが……」
リュカは立ち止まり視線を下に向け考える。
確かに四竜の言うことは正しい。だが前世でマティスに頼まれ時を戻した。ならば今も自分はマティスの専属護衛騎士のままという認識だ。だから四竜の言うことは違う。
そう言おうとしたら、先に四竜に言われた。心を読んだのだろう。
『お主の王子への忠誠心はよく分かるが、お主の気持ちまで抑えなくてもいいではないかと言っておるのだ』
「俺の気持ち?」
『そうだ。王子へ気を使ってアイラへの気持ちを抑えなくてもいいと言っておるのだ』
「だから違うと言っているだろ!」
なぜ四竜まで決めつけるのだとムッする。
『だがお主が王子に気を使ってアイラと距離を取っていたことは確かであろう?』
「……」
『それにお主がアイラに感じている感情は、他の者とは違うものであるぞ』
「そんなもの知らん!」
――アイラだけ違うと言われても分かるか!
なぜか苛つく。
また苛つき始めたリュカに四竜達は嘆息すると、四竜同士で話し始めた。
『まあ仕方ないな。こやつも初めての感情に戸惑っておるからな』
『うむ。どうしていいのか分からないのであろう』
『そうであろうな。リュカは前世では誰も信頼しておらぬかったから、踏み込めないのであろう』
言いたい放題言っている四竜にリュカはこめかみに青筋を立て眉間に皺を寄せる。否定したいが、四竜はリュカの心を読んで言っているためすべてを否定することが出来ない。そして絞り出した反論は、
「誰もじゃない! マティスは信頼していた!」
だった。唯一これだけは絶対に違うと言い切れるものだった。だが四竜は思いもよらないことを言ってきた。それはリュカの思いを根底から覆すものだった。
『お主の王子への気持ちは信頼ではない。信用だ。小さい頃からの王子の行動から、お主を信頼して全部を任せてくれている、裏切らない存在という認識のはずだ』
「!」
『お主と王子の信頼関係は、王子の一方通行だ。王子はお主のことを信頼していたが、お主は王子のことを信用はしていたが、心の底から信頼しておらぬ。それは今もだ』
「……」
『父親や兄もそうだ。前世では遠ざけていたであろう? それは信用はしていたが信頼はしていなかったからだ。まあ今世は信頼し始めているがな』
「……」
『お主はその辺の感情が欠如しておる。これは生まれ持ったものではない。前世の辛い状況から自らを守るために意図的に作られた壁と言った方がいいか』
一番触れられたくない所を指摘され、リュカの怒りがマックスになる。
「……黙れ……」
すると四竜の白竜が今までの声音とは違う低い声で言う。
『逃げるなリュカ』
「!」
『真っ向から自身の感情を見据えよ。唯一お主の一番弱い所だ』
リュカは目を見開く。
『何を恐れる。お主はもう壁は無くなっているであろう』
「?」
『わからぬか。その壁を今世でジンが無理矢理壊したはずだぞ』
「――」
『そしてアイラが土足でお主の中に入った。だからお主は後は受け入れるだけなのだぞ』
白竜の言葉に異論はない自分がいる。だがどうしてもそれを認めたくないという自分もいるのだ。それを読み取った四竜は、
『ほんと、損な性格だな』
ともう一度言い呆れる。
『受け入れることがお主にとって大きく変われるところだと我らは思うぞ』
「……」
『怖がらずに受け入れろ』
リュカはギッ奥歯を噛みしめ拳を握リ占める。すると、
「捕まえた!」
声と同時に後ろから腕を掴まれた。
「!」
驚き誰だと振り向けば、アイラだ。
「リュカ! 逃がさないわよ!」




