116 嫉妬
「それよりお前に聞きたいことがある。あのレイとか言う男のこと、知っていたのか?」
アイラは目を見開き、そして小さく頷く。
「どうやって知った?」
「セイラの迎えに来てて……。髪の色に特徴があるから殺された時に覚えてて、それで……」
そしてアイラは自分が取った行動がレイに目を付けられたと話す。それをずっと腕組みをし聞いていたジンはアイラが話し終わると、
「なるほどな……」
と言った後、アイラへと心配げな顔を向ける。
「お前、大丈夫か?」
そう聞いてアイラの顔が曇ったのを見て、
「大丈夫じゃねえよな」
と言い直す。
「先生、どうすればいいのかな……」
すがるように言うアイラに、ふうと大きく息を吐き言う。
「こればかりはどうしようも出来ない」
「……ですよね」
「ただ言えることは、今は前世ではないということだ」
アイラはその通りだと頷く。何回も言われたことだ。頭でも分かっているのだ。まだ何も起ってもいない。ならレイが自分を殺すこともないはずなのに体は反応してしまう。
「これじゃあ駄目ですよね……」
自分に言い聞かすように言うアイラにジンは、
「誰も駄目とは言ってない。仕方ないことではあるけどな」
「……」
「人間、なんらかのトラウマはあるもんだ。ただそれが大きいか小さいかの違いなだけだ。ましてやお前のはトラウマにならない方がおかしい」
ジンはあえて言葉を避けて言う。
「だから無理にとは言わねえ。ただ、今は前世とは違うということは覚えておいてほしい」
「まだ殺されてませんもんね……」
自嘲気味に言うと、
「そういう意味じゃねえよ」
とジンは静かに否定する。どういう意味だとアイラはジンを見た。
「気付かねえか? さっきもそうだが、前世とは大きく違うことがあるだろ? お前は今世で何回死にかけた? だがすべて死んでないだろ。それはなぜだ?」
「それは……」
リュカの顔が浮かぶ。
「今日だって、お前に付いている赤竜が他の竜に伝え、リュカに伝えてリュカがお前を助けただろ?」
――ああ、そうだ。私はみんなに守ってもらっているんだ。
目を見開き黙ってしまったアイラにジンは、
「そういうことだ。お前は今世は1人じゃねえってことだ」
と笑った。
マティスは教室へ入ると、そのまま席に座っているリュカの元へと向った。
「アイラ、目を覚ましていたよ」
「そうか」
「元気そうだった」
「ならよかった」
そう少し笑みを浮かべ安堵しているリュカに告げる。
「アイラ、君を探していたよ。お礼を言いたいって言ってた」
「……そうか」
「行かないのかい?」
「もう授業始まるから」
「そっか」
そう言った後2人は黙り、変な空気が流れる。
それは朝のことが原因だ。
倒れたアイラを保健室へと運ぶ時にマティスに会った。マティスは驚き、どうしたのかと聞いてきたので、貧血で倒れたと説明した。結局マティスも一緒に保健室へと行くことになり、アイラが起きるまで側にいると言いだしたマティスをリュカは、
「授業もあるし、ここは保険室の医師に任せて教室に戻ろう」
と促した。するとマティスは、護衛のケイン達と保険室の医師に席を外すように指示を出したのだ。どうしたのかと思っていると、マティスは真剣な表情でリュカを見た。
「リュカ」
「? どうした?」
ただならぬ雰囲気にリュカは構える。
「ここ最近、色々行事があって忙しくて学校に来れなかっただろ?」
「ああ」
マティスはあの大会以来ほとんど学校に来ていなかった。
「来ても午後からとかだった」
「そうだな」
「だからアイラと全然会えなかったじゃないか」
「ああ」
「仕事の合間もなぜかアイラが気になってさ。そして無性に顔が見たくなってたんだ」
そこでリュカは目を見開く。
「そして今日は1日学校にいることが出来る、アイラに会えると思って来たら、これだ」
「……」
「見た瞬間、心臓がギュッと締め付けられるみたいな気持ちになったんだ」
マティスが何を言いたいのか分かった。
今世でもマティスはアイラのことを好きになったんだと。
「そして僕は初めてリュカに怒りを感じた」
「え?」
リュカは驚きマティスを見ると、マティスは笑顔を見せて言う。
「嫉妬したんだ」
「!」
「いや、今日が初めてじゃないな。たぶんずっと前から。リュカがアイラに魔術を教えるようになった時からだと思う」
「……」
――前世でもマティスはアイラが好きだったんだ。今世でも好きになるのは自然の流れだ。そうとわかっていたのに、なんだこの胸のざわめきは?
そして最初の頃のように喜べない自分がいる……。
それはなぜか?
自問自答しているとマティスが言った。
「僕はアイラのことが好きみたいだ」
「そうか……」
前世でも聞いた言葉とそれに対して応えた言葉。同じ言葉だが、まったく気持ちが違う。なぜか衝撃を受けている自分にリュカは戸惑う。そしてマティスの目が見れない。
――アイラと友達になったからか? アイラのことをよく知るようになったからか?
そんなリュカを見て、少し動揺しているように見えるとマティスは目を細める。
――君は気付いているだろうか。アイラといる時の君は他の者といる時と少し違うことを。そして僕といる時とも違うことを……。小さい頃からずっと一緒にいる僕にも、アイラに見せる態度はしたことがないことを君は知っているんだろうか。
それがとても悲しくもあり、恨めしいとマティスは目を瞑る。
今まで自分だけにしか向けてこなかったリュカの態度が、特別だと感じ誇らしく思った。自分にしか心を許していないことが凄く嬉しかった。
その特別感と独占感がマティスの心を満たしていた。
だがアイラが現れたことにより、その特別感と独占感はなくなり、リュカがアイラに好意を持っていることへの嫉妬心も相まって、マティスはどうにも心は落ち着かず、焦りでどうにかなりそうになっていた。
だからどうしても確認したかった。
「リュカは、アイラのことを好きなのか?」
果たしてリュカは、
「そういうのじゃない。だから安心しろ」
とやはり認めなかった。安堵の気持ちと嘘だという気持ちが入り交じりマティスは奥歯を噛みしめる。
――やはり本当のことを言ってくれないんだね。
「そうか。なら気にしなくていいね」
「ああ」
その朝の会話が今の2人の態度になっていた。
長い沈黙の後、最初に破ったのはマティスだった。
「今日、夜アイラと夕食を食べる約束をした」
「そうか」
やはりリュカは「そうか」しか言わない。いつもそう答える言葉だが、なぜか今日はそれがマティスは気に食わない。眉根を寄せムッとして言う。
「じゃあ」
マティスは行き場のない怒りをそのままに自分の席に戻った。
リュカは機嫌が悪いマティスに戸惑う。マティスの機嫌を損なうことは何一つ言ってなかったはずだ。アイラのことも好きではないから安心しろとまで言ったのだ。機嫌を悪くする意味が分からない。
すると四竜の一体黄竜が
『お主、アイラのこと好きであろう』
と訊いてきた。四竜は獣の類いと認識しているリュカは人間の感情を持ち合わせていないと判断し言う。
「お前が言う『好き』とマティスが言う『好き』は違う」
『どう違うのだ?』
「お前達が言う『好き』は嫌いではないと言う意味だろ」
『そうだ。王子が言う『好き』は違うのか?』
それは恋愛の好きを説明しろと言うことかとリュカは考える。自分もあまり考えたことがないジャンルだ。だから小さい頃に兄エタンが言ってたことを記憶の隅から引き出す。
エタンが中学の頃、初恋の女子に告ると言っていた時のことだ。
「いいかリュカ。いつかお前も大きくなったらわかる。好きになるとな、いつもその子のことが頭から離れなくなり、いつも一緒にいたい、いつも話していたいっていう気持ちになるんだ。そして胸の辺りがキューとなって、その子が笑うとこっちまで嬉しくなり、幸せの気持ちになるんだよ」
と嬉しそうに話すエタンに小さいながらも、何を聞かされているんだと冷めたガキだったことを思い出す。
だがそれが今役立つとはその時は思いもしなかったが。
「マティスの『好き』は相手のことをいつも思い、いつも一緒にいたい、話したい、会うと楽しい、笑顔になるという感情になるものだ」
記憶を辿りながら応える。すると黄竜が言う。
『お主と何が違うのだ?』
「え?」
『お主がアイラに対して思っていることと何が違うのだ?』
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