10 イライザの尋問
リュカへユーゴがした行動を遠目で見ていたアイラは相変わらずだと小さく嘆息する。
――グリフィス団長、リュカ・ケイラーに気付いたのね。
リュカが魔力を隠していることは分かっていた。前回の人生の時からそうだったからだ。
――でも変ね。確か王宮に入ってから魔力の消し方を習ったはずだったのに。
前回の時、リュカの魔力がまったく感じられなかったことをマティスに聞いたことがある。
「リュカかい? 魔力を隠した方が何かと便利だからって密偵部隊に1年ほど在籍して習ってたな。リュカの魔力は強いからね。どこにいても自分の存在を知られるのがすごく嫌だったみたいだ。だから僕の専属魔術師になったのが1年後と遅かったんだ」
マティスの言葉からすれば、リュカが魔力を消すことが出来るようになったのは王宮で働くようになってからだ。だが今回はもう隠せている。ということは、今回は前回よりも早く取得したということになる。
「んー、なんで?」
その場に立ち止まり1人で考えていると、後ろから声をかけられた。
「ねえ、あなた」
振り向かなくてもわかる。イライザ・マーティン精霊魔法士長だ。1度気持ちを落ちつかせてから振り向く。
「……私ですか?」
「ええ」
笑顔で微笑むイライザを見てアイラは懐かしさが込み上げ涙が出そうになる。
――士長……。
目をウルウルさせているアイラにイライザは戸惑う。
――え? 泣きそう? 怖がらせたのかしら?
これ以上アイラを怖がらせないようにとイライザは笑顔で優しく言う。
「あなた、なぜ魔術師専攻なの?」
「え?」
「あなた、精霊魔法が出来るわよね?」
やはり気付かれたと内心心臓が跳ねるが、「いいえ、できません」と応える。
その返事にイライザは予想をしていたのだろう、ふっと肩を窄める。
「おかしいわね。私のテルマは反応しているんだけど」
するとイライザの肩に2匹の精獣が現れた。1匹は茶色の鷲、もう1匹はなぜかぼやけているが白い鷹だ。
アイラは驚く。前回でもよくイライザはテルマの話をしていた。だが見えたことがなかった。見えないのは精霊魔法の能力がまだ低いからだと言われた。
――今見えているということは、あの時よりも能力が上がったのかしら?
アイラの反応にイライザは笑う。
「やはりあなた精霊魔法が使えるわね。私のテルマが見えているんだから」
「!」
――しまった! つい見てしまった!
だが後悔しても遅い。
「テルマはある程度の能力がなければ見れない精獣よ。王宮精霊魔法士でもほとんどの者が見えないわ。でもあなたは学生なのに見えている。凄い能力だわ」
「……」
「なぜそれほどの能力を持っていて精霊魔法士を目指さないの?」
それは前回の人生で辛いことばかりで、最後は殺されたからとは言えるわけがない。
「精霊魔法士になりたくないからです」
「なぜ?」
「精霊魔法士になっても良いことなんて1つもないからです」
アイラは正直に言う。
「なってみないとわからないじゃない?」
笑顔で言うイライザにアイラは怒りが込み上げてくる。
――士長は国のため、人のために働いてたのに、最後あなたは無理をして病気になって死んだんですよ!
精霊魔法士の仕事はとてもきつい。休みはほとんどない。だが表だってわかる職業ではないため、よく王宮の魔術師や騎士団から蔑まされていた。でもイライザは怒ることもなく、「いつか精霊魔法士の存在がどれだけこの国に必要か、どれだけ大事かわかる時がくるから」と言ってアイラ達を宥めていた。
――結局誰にも精霊魔法士の存在価値を認められることなく、私なんて最後殺されたんですよ!
年中休みもなく好きなことも出来ず、働き詰め働かされ、最後には殺されたのだ。そんな人生、二度と歩みたくない。
「わかります。精霊魔法士は仕事がきついのに、誰からも認められず蔑まされる職業じゃないですか。そして一日中休むことなく働いている。体を壊す者は日常茶飯事。でも人材不足で長い休暇も取れない。そんな過酷な仕事につきたいなんて誰も思いません」
「……」
図星を突かれたからかイライザは何も言えずに黙る。
――何も言えないわよね。だってその通りなんだもの。
長年ずっと精霊魔法士としてやって来たのだ。分かりすぎるほどわかっている。
「もういいですか? では失礼します」
アイラは頭を下げて背を向け、そして言う。
「士長の精霊は番なんですね」
「!」
アイラはそのまま歩いてその場を去った。
「士長? どうかされました?」
精霊魔法士の部下の男性アベルがやってきて声をかけてきた。
「あの子、私のテルマの聖精霊が見えてたわ」
「聖精霊!」
上級精霊で、精霊の種類のトップの精霊だ。
「聖精霊は気に入った人間にしか見えないんじゃ?」
だからどんなに偉い精霊魔法士でも存在を感じることはあっても姿を見ることは出来ない。
「ええ、そうよ。私でも気配だけ分かるぐらいよ。でもあの子、番と言ったわ。だとすれば、2匹見えてるということよ」
――そして聖精霊があえてあの子に自分の姿を見せた。
イライザは歓喜に沸く。だがすぐに高ぶった気持ちが一気に元に戻る。
「でもあの子、精霊魔法士になる気がまったくなかったわ。それによく精霊魔法士の仕事のことをよく知ってた」
「そうなんですか?」
「ええ。精霊魔法士はブラックだって的確に指摘されて言い返すことが出来なかったわ」
「確かに精霊魔法士はブラックですからねー」
複雑な顔をして言うイライザにアベルもその通りだと苦笑した。
そこへユーゴがやって来た。
「イザイラ」
「ユーゴ。あなた、生徒に何してるのよ」
イザイラは呆れ顔を見せて嘆息する。
「いやー気になる子がいたから確認したくなってな。そういうお前も気になる子でも見つけたみたいだな」
アイラとのことを見られていたようだ。
「そうね。でもあの子、精霊魔法が使えることを隠して魔術のクラスを専攻してたわ。実力があるのにもったいないわ」
「なんだ、僕が見つけたやつと一緒かー」
「どういうこと?」
イライザは眉を潜める。
「僕が目をつけた男子生徒も膨大な魔力を隠していた。そして技術もトップクラスだった」
「だからあんなことしたのね」
「ああ」
笑顔で言うユーゴにイライザは嘆息する。
「だからと言って学生を攻撃するのは違反よ。牢屋にぶち込まれてもおかしくないわよ」
「んー。それは困るな……」
「ブレッド副団長達の並みならぬ努力に感謝することね。今頃学園長達に頭を下げて回っているんじゃないかしら?」
「……」
何も言わずに頭を掻くユーゴに、イライザは一応自覚はあるようだと苦笑するのだった。




