100 セイラ②
セイラはマティスへと視線を向ける。マティスは楽しそうに話している。
――殿下、ああいう風に笑うのね。
マティスが素で笑っているのを初めて見たセイラはその美丈夫に見入る。だがその笑顔はアイラとサラに向けられているのがわかり、セイラの目がすうっと据わる。
――サラ……。私の姉……。
自分には双子の姉がいることは母から聞いていた。そしてよく母は,
「セイラごめんね。私が引き取ったせいであなたに貧しい思いをさせてしまった」
と謝っていた。
父とは政略結婚だったため、付き合っていた相手がいたにも関わらず無理矢理結婚させられたと言っていた。結局母は、その人が忘れられず逃げるように離婚。そしてその相手――今の義父と結婚したのだ。最初の頃はよかったが、事業が失敗し家計が苦しくなってくると、義父は酒に溺れ、母が働きに出ることになった。元々貴族だった母だったが、勝手に離婚したことから親からは勘当されていた。そのため頼ることも出来ず、結局無理がたたり母は他界してしまった。
義父は母が亡くなっても働かず、結局セイラが弟と妹の面倒を見るために学校も中退し働き始めたのだった。
そして義父はよく酒を飲みながらセイラに、
「お前はクラッセン家の血を引いているんだ。金をもらってこい!」
と叫んでいた。
それが理由ではないが、何度かクラッセン家の前まで行ったことがあった。だが門をたたく勇気はなかった。
そんなある日、またクラッセン家を見に行った時だ。柵の向こうでセイラと同じくらいの年齢のサラらしき女の子が遊んでいるのが見えた。とても綺麗な可愛い服を着て、何不自由なく笑顔で遊んでいるのを見て、セイラは衝撃を受けた。
――なんで姉妹なのにこんなに違うの!
怒りが込み上げた。
血を分けた妹の自分がどれだけ苦労しているのかを知っているのか。
学校も行けずに朝から晩まで働いていることを知っているのか。
なぜサラだけ何不自由もなく笑って生きてられるのか!
もしかしたら、あそこにいるのは自分だったのかもしれないのだ。
それからセイラはクラッセン家を見に行くことはなかった。
ただサラに対し、怒りと憎しみだけが残った。
そんなある日のこと、聖女候補に選ばれたという連絡が来た。願ってもないことだった。義父も大いに喜んだ。
「聖女になればお前は貴族と同じ地位がもらえ、一生なに不自由なく暮らしていける。そして俺もだ! 働かなくても一生酒を飲んで暮らしていける! セイラ! 絶対に聖女になるんだ!」
そう脅迫するように言ってきた義父には虫唾が走るが、弟と妹の為にも、そして自分のためにも聖女になることだけ考え努力した。
そして最終選考まで残り聖女の座を勝ち取った。
その時思ったのが、
「これでサラよりも勝てる!」
だった。
それなのに今、自分よりサラの方がマティスの側にいて楽しく話している。これでも勝てないのかと奥歯を噛みしめる。
――私が聖女だと言えたらいいのに! そうしたら殿下も貴族の者もみな、私にひれ伏せるのに!
でもそれは許されない。絶対に学生の間は言ってはいけないことになっていた。だがマティスは違う。聖女だと知っているのだ。
――早く殿下と話したい!
そこでハッとする。
――アイラさんと友達になればいいんだわ。そうすれば殿下と話すことが出来るわ。
セイラはこの日を境に、アイラに近づくことを目標にしたのだった。
その後、どうにかアイラと話すタイミングを窺っていたが、いつもサラと一緒にいるため話すことが出来ないでいた。
――サラ、ことごとく邪魔ね。
だがその時がやって来た。
放課後の図書室の本の整理整頓と清掃の1ヶ月の当番がE組に回ってきたのだ。それにアイラとセイラが選ばれたのだ。
「よろしくね。アイラさん」
セイラはアイラに挨拶する。アイラも、
「よろしく」
と挨拶するが、内心穏やかではない。
――なんでよりによって私なのよ。
図書室の担当の仕事はCクラス以下の生徒がやることになっている。だが皆誰もやりたいと言う者はいなかった。
膨大な本の整理と清掃もあるが、一番の理由は、図書室はA組からE組の全員が使用出来る唯一の場所のため、この学園唯一の身分重視の場所でもあり、担当になった生徒は、ほとんど使用人扱いされるという、苦痛でしかない仕事だったからだ。
そして誰がするかを決めることになった時、セイラが手を上げた。のちの聖女のためなのだろうと思っていたら、まさかのセイラがアイラを相手に指名したのだ。
セイラが来て1週間経ったが、まだ一度も話したことはない。それなのにアイラを指名してきたことに不審感しかない。
「あの、セイラさん」
「セイラでいいわ。だから私もアイラって呼んでいいかしら?」
笑顔で言うセイラにアイラは前世の最期殺された時のソフィアと被る。
同一人物なのに、まだ幼さが残る顔と髪型のせいか、違う人物だと勘違いしてしまうからか、フラッシュバックのようなものはない。だが何かあるのではないかと警戒はしてしまうのだ。
「駄目?」
何も言わないアイラにセイラが首を傾げながら訊ねてきた。
「あ、いいわよ」
「そう! よかったー! アイラ、私達良い友達になれそうね!」
両手を合わせて喜ぶセイラにアイラは「そ、そうね」と笑うしかなかった。
「で、何か言いかけたけど、なに?」
セイラが訊く。
「なぜ、セイラは私を選んだの?」
「いつも一緒にいる友達は誰もやりたがらないの。でもアイラならやってくれそうだったから」
どんな理由なんだとアイラは目を細めると、セイラはちょっと照れながら言う。
「でも本当は、アイラと友達になりたかったの」
「え?」
「でも中々話しかけれなくて……」
そう照れながら言うセイラの耳は真っ赤だ。嘘を言っている感じがしない。そこでサラといつも一緒にいるから話しかけれなかったのだろうとアイラは勝手に理解する。
――なら仕方ないか。
そう納得する。図書室の当番を一緒にやることになっても、そう話すことはない。基本私語禁止なのだ。
――それに仲良くなっておいたほうが前世のようなことは起きないかもしれない。
「そうなんだ。嬉しいわ。よろしくね」
アイラは笑顔で応えると、セイラは嬉しそうな顔をして、
「じゃあ明日からよろしくね」
と頷いた。
その日のお昼休憩にジンにそのことを報告したら、
「はあー⁉」
凄い顔をされた。
「なぜそうなる?」
「私もよくわからないですよ。ただセイラ曰く、私と友達になりたかったって。凄い照れた顔で言うから嘘じゃないと思う」
そう少し照れながら説明するアイラに、ジンは大きく嘆息した。
「はあー。バカかお前は」
「バ、バカって何よ!」
口を尖らせて言い返せば、ジンは真顔で、
「そのままだ。ソフィア……セイラか。あーややこしい。今はセイラだからセイラと言うぞ。セイラがお前と友達になりたいのは、お前がマティス殿下と噂になっているからだ」
と応えた。
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