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99 セイラ①



 セイラは初めての学園が終わり屋敷に馬車で帰ってくると、その足でこの屋敷の持ち主であるグレイの書斎へと向かい挨拶をする。


「グレイ様、ただいま戻りました」


 グレイは書類を書いていた手を止めセイラへと笑顔を見せる。


「お帰りセイラ。初めての学園はどうだった?」

「はい。とても煌びやかで素敵な場所で楽しかったです」

「友達は出来たかい?」

「友達といえる人とはまだ……。でもみんな気さくに話しかけてくれました」

「そうか。セイラは美人だから、男子生徒がよってきたんじゃないのか?」

「い、いえ……そんなことは」


 セイラは顔を赤くしながら照れる。その様子からグレイの指摘は正しかったようだ。


「ふふ。でも男女交際は今は禁止だ。わかってるね」

「はい」


 まだセイラが聖女に正式にはなっていない。聖女になれる条件は20歳以下の生娘でなくてはならないという条件がある。正式になってしまえばそれは無くなる。そして聖女は伯爵の位よりも上になるため皇族の者との婚姻も許されるのだ。


「君の憧れのマティス殿下には会えたかい?」

「い、いえ。今日は学園にはお見えになっておられませんでした」

「そうか。殿下も忙しいからね。でもそのうち会えるだろうから楽しみにしておきなさい」

「はい」


 そう返事をしセイラは顔を赤らめる。セイラにとってマティスは憧れの存在だった。2年前、一度だけマティスを見たことがあった。一番最初に思ったのが、


「なんて綺麗な美しい方なのだろう」


 だった。その瞬間一目惚れをした。そしていつかマティスにもう一度会いたいと思うようになった。


 それから1年後、聖女候補に選ばれた。その時初めて知った。聖女になれば、生活にも困らず身分も伯爵ほどの位がもらえるということを。

 そして何と言っても王宮に住めるということ。そうなればマティスと会えるし、もしかしたらマティスと結婚出来るかもしれないのだ。


 だから聖女になるためにセイラは人一倍努力した。人生でこれほど努力したことはないだろう。

 そして努力の甲斐あって、聖女の座を勝ち取り、今がある。


 今日学園に行くのが楽しみでしかたなかった。それはマティスに会えるかもしれないという期待があったからだ。だが残念なことにマティスは欠席して会うことは叶わなかった。

 だがこれから毎日学園に行けば、いつか会えるのだ。もう楽しみでしょうがない。グレイは友達を作れと言うが、セイラは全くその気がなかった。学園を卒業すれば、自分は聖女として王宮で生活するようになるのだ。


 今までもそうだ。友達という者はいなかった。だからいなくても全然平気だ。マティスを見れて、話すことが出来ればそれでよかった。


「生き別れた姉には会えたかい?」

「はい。ですが、遠くから見ただけです」


 学園に入るにあたり、セイラは生き別れた双子の姉サラが同じクラスにいることをグレイに教えてもらった。

 生前母親から自分には双子の姉がいることは聞いていた。だが一度も会ったことはなかった。自分の本当の父親は貴族で裕福だと知った。田舎の地元では有名な名家らしく、父親に引き取られた姉は何不自由なく育っていることを知り嫉妬した。

 なぜ姉だけいい暮らしをしているのか。もし自分が父親に引き取られていたら、こんなひもじい思いをすることはなかったのではないのかと何度思ったことか。だから一度も会おうとは思わなかった。自分が惨めになるだけだから――。


 そして今日初めて姉サラを見た。髪色や肌野色、目の色などは似ていると思ったが、サラはショートヘアーだったため、あまり似ていないと思ったのが正直な気持ちだ。それにもっと感動するものかと思ったが、意外にも何とも思わなかった。


「時間はある。君にとって血を分けた姉妹だ。これを機に仲良くなるといい」

「はい」


 セイラは頭を下げ、書斎を出て自室へと向かう。すると前からレイがやって来た。セイラはレイに頭を下げる。だがレイは一瞬目を合わせただけでそのままセイラの横を通りグレイの書斎へ入っていった。


 ――レイさんはやっぱり私と話をしない。


 セイラがグレイの元に来た時からレイは冷たい表情をセイラに向けていた。グレイが言うには、レイは仕事では話すが、プライベートでは興味がない者には見向きもしないということだった。


「だからレイのことは気にしなくていい。この屋敷でもレイと会話をするのはごく一部だ」


 グレイはそう言うが、やはり慣れない。サングラスの奥にある赤い目が余計にそう思わせるのかもしれない。そう思うと、マティスは正反対で素敵だと思う。


「明日は殿下、学園に来るかしら」


 自分の部屋に入ると、1人の女性がいた。家庭教師のスーザンだ。聖女としての教育を担当している。その他にも学業専門の先生に作法の先生と毎日分刻みで授業が組み込まれていた。

 まったく教育を受けてこなかったセイラにとって必須な科目ばかりだ。もう1週間経つが、この環境にはまだ慣れない。だがマティスに近づくには必要だと思えば頑張れた。


「ソフィア様、さあやりましょうか」

「はい」


 学校では本名のセイラだが、ここではソフィアだ。まだ慣れないが嫌ではない。


 ――私は聖女ソフィアなの。みんなの憧れの存在なの。


 セイラはルーティンのようにそう言い聞かし椅子に座った。



  ◇◇◇



 アイラはジンと話した日からセイラ(後のソフィア)を意識してしまい、サラの件も重なり、セイラとはまだ一度も話したことがなかった。セイラもサラのことを知っているのだろう、サラといつも一緒にいるアイラに話しかけてくることもなく、目を合わせることもなかった。


 まだこの時点のセイラはアイラを敵視することもなく殺意も抱いていない。頭では分かっているのに、どうしても前世の記憶からセイラとは距離を置いてしまっていた。


 自分は最悪な人生を変えるため戻されたとジンに言われた言葉を自分なりに考えてみた。同じ人生を歩んでいるのは、最悪な結末にならないための分岐点であり、それを変えろということなのではないか。もしソフィアが前世のようにならなければ、最悪な人生は避けられるのではないのかと。


 だがどうすればいいのかまったく分からない。だから結局何もせずに避けてしまっていた。


 そんな日が続き、昼休憩の時にマティスが1週間ぶりに学園に登校し、アイラ達の所にやって来た。リュカも一緒だ。


「殿下、久しぶりね」

「ほんとだな。ずっと見てなかったな」


 サラとライアンが笑顔で出迎えた。


「ライアン、カミール、相変わらず昼から登校なんだね」


 マティスが苦笑しながら言う。


「俺らは昼から登校なんだよ」

「そうそう」


 ライアンとカミールは悪びれることなく笑顔で応える。最近よくマティスはアイラ達と昼食を取ることが多くなったため、サラ達は敬語も使わずマティスと話すようになっていた。


「アイラ、元気だったかい?」


 マティスがアイラの隣りに座る。


「ええ」


 アイラはそう応えながらサンドウィッチを頬張る。最近は普通にマティスと接することにしていた。サラ達もいるからかマティスも前世のようにアイラにだけ話してくることはなかったからだ。


「殿下、これ食べなよ。おいしいわよ」


 サラが自分のサンドウィッチを渡す。


「ありがとう。いただくよ」


 そんなやり取りを見ていたのがセイラだ。友達になった生徒2人と昼食を取っていたセイラは、マティスの予想外な登場に驚いた。


 ――なぜ殿下が一般の食堂に?


 学園アデールのクラス構成などはだいたい把握していた。AクラスとBクラスは優秀生徒と貴族で構成され、クラスの作りも食堂も一般市民の者達で構成されたCクラス以下とはまったく違っていて食堂も別だと聞いていた。だからマティスがこの食堂に来ることなど想像をしていなかった。すると1人の女子生徒が言う。


「あ、そうか。セイラは知らないのよね。殿下は最近よくこっちの食堂に来るのよ」

「そうなの? どうして?」


 するともう1人の女子生徒がアイラを指差して言う。


「ほら、殿下の横にいるアイラに会いに来てるのよ」

「え? うちのクラスの?」

「うん。殿下のお気に入りっていうもっぱらの噂よ。当の本人はすごく迷惑そうだけどね」

「そうそう」


 そう言って笑う女子生徒2人にセイラは声を張り上げる。


「迷惑? なんで! あの完璧な殿下が迷惑ってどういうこと?」

「セイラ? どうしたの?」


 いきなり機嫌が悪くなり声を張り上げたセイラに女子生徒達が驚き見る。そこでしまったとセイラは笑顔を見せ、


「あ、ごめんなさい。まさか殿下のことを迷惑って言う人がいるなんて思わなかったので」


 と言い誤魔化す。聖女になるための教えで、まずおしとやかな話し方と貴族の令嬢と同じように話すようにと教わった。そして感情を露わにしてもいけないとも。話し方は大分マシになったが、どうしても感情を抑えることがまだうまく出来ない。


 ――これじゃあ駄目だわ。


 セイラは一度襟を正し、一番不安に思っていることを悟られないように穏やかな表情で訊く。


「アイラさんは殿下の恋人なの?」

「まさかー。だってアイラは一般家庭の人間よ」


 そこで彼女じゃないことを知りセイラは安堵する。


「ただ殿下が気に入っているだけじゃないのかなー」


 ――殿下が気に入ってる?


「そうなのね……」


 セイラはマティスへと視線を向ける。マティスは楽しそうに話している。


 ――殿下、ああいう風に笑うのね。


 マティスが素で笑っているのを初めて見たセイラはその美丈夫に見入る。だがその笑顔はアイラとサラに向けられているのがわかり、セイラの目がすうっと据わる。


 ――サラ……。私の姉……。







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