98 泣きたい時には泣け
「毎日が辛くて……辛くて……。だけど考えると折れてしまうから考えないように毎日を生きてた。でも死んで時が戻って、また同じ人生を歩むのかと思ったら……嫌で……怖くて……」
アイラはギッと歯を食いしばり拳を握る。
「だからまたあの最悪な人生を歩みたくなくて逃げてた……」
そう言いながら一筋の涙がアイラの頬を流れる。そんなアイラをジンはそっと包み込むように抱きしめた。アイラは一瞬驚いた顔をしたが、目から溢れんばかりの涙が流れ、顔をぐちゃぐちゃにし、ジンにしがみつくように泣いた。
そんなアイラの気持ちはジンは初めから分かっていた。だから「大丈夫か」と聞いたのだ。
「お前が時を戻った理由は、まったく違う人生を送るためじゃない。お前が最後死ぬ最悪な結末を変えるためだ。だから前世でお前が経験したいくつかの出来事は避けては通れない」
「……」
「だがよく考えてみろ? お前は前世と同じこの学校に来て関わりたくなかったマティス殿下とリュカと知り合いになってしまったが、サラやライアン、カミールという前世では知り合えなかったかけがえのない友達や俺という頼れる先生が出来たじゃねえか。それはお前が言う前世での孤独とは違うよな?」
アイラはただジンの胸に埋めたまま頷く。
「それに前世ではこうやって気持ちを吐き出すことも泣くこともできなかったのに、今は出来てるだろ?」
確かにそうだ。前世では他人に泣き言を言ったり泣いたりしたことが一度もなかった。
「よく堪えたな」
「先生、ひどい」
「何が?」
「そんな風に優しく言うから涙が……ひくっ……止まら……ひっく……ない」
嗚咽が漏れるためうまく言えない。
「泣きたい時は泣け。そのために俺がいる」
アイラはジンにしがみついて声を出して泣いた。その間ジンはただアイラを抱きしめ続けた。泣きたい時、誰かがいるのといないのでは大きな違いだということをジン自身よく知っている。父と兄を亡くした時がそうだったからだ。
「今までよく我慢したな」
ジンはただアイラが自分で泣き止むまで黙って受け止め続けた。
そして泣きやんだアイラにジンは言う。
「同じ人生を辿っているとしても、それはまったく違う。だからそう怖がるな。今世は俺やリュカも付いているからな」
「はい……」
アイラは微笑む。
「先生、ありがとう。なんかすっきりした」
ジンも笑顔を見せて応える。
「そうか。ならよかった。それよりなんでわざわざ職員室に来たんだ? 今日の特訓の時に言えばよかったのに」
「だってリュカは知らないじゃないですか」
アイラに言われそこでジンは気付く。
――そうだった。リュカも時を戻ったことをアイラは知らなかったんだった。
「そ、そうだったな」
「そうですよ。こんなこと言ったらリュカがびっくりするじゃないですか」
「リュカには話してもいいんじゃないか?」
それなら色々と動きやすいのにとジンは思う。
「言えないですよ」
「なんだ。リュカならわかってくれるんじゃないか?」
「ええ。たぶん信じてくれると。そして手伝ってくれるはずです」
「ならいいんじゃねえか」
――まあもうそうなってるけどな。
「だからです。リュカに迷惑はかけれませんから」
今世でリュカと仲良くなってわかった。リュカは見た目と違い優しいのだ。何度も助けてもらった。だから余計に頼ることはできない。リュカはこれからマティスを守るという使命があるのだ。
ジンは複雑な気持ちになる。
――もうリュカもお前にがっつり関わり、避けては通れないんだけどなー。
そこでチャイムが鳴った。
「あ、昼休憩終わりだ。私行きますね。先生ありがとう」
「おう」
アイラは会議室を急いで出て行った。
「損な性格だな」
そして真顔になり嘆息する。
「やっぱ、アイラには後見人が誰だかは教えれねえな」
やはりまだ前世のことがアイラの精神を不安定にさせていたのが今でわかった。
「そりゃあ簡単に忘れることなんてできねえわな」
そこでリュカが家に来ていた時のことを思い出す。
「そうだ! お前に伝えることがある」
「?」
「聖女が決定し来月転入してくる」
「!」
「名前はやはり、ソフィアだ。そしてソフィアの後見人になったのは、グレイ・ホルスマンだ」
「!」
リュカは驚き目を見開く。
「なぜ犯人かもしれない人物が後見人に?」
「聖女の後見人を決めるのは王宮じゃない。教会だ。ホルスマンは教会に支援をしていたみたいだからな。なにかしら身返りがあったのかもしれん。それにまだ犯人と断定されたわけじゃない」
聖女の後見人は、聖女としての教育、場所などの支援を無償でしなくてはならない。聖女の後見人になったからと言って何か恩恵があるわけではないが、王宮との関係は密接になるため、後見人を希望する貴族は多かった。
「これで前世でアイラを殺害したのがあのレイとかいう男だということが確実になったな」
リュカは前世でのアイラの最期を思い出す。
「だとしたら、マティスの叔父のブノア・ビクラミアとホルスマン伯爵は繋がっているということですか?」
「そこはまだわからねえ。うまく隠してやがるからな」
前世でも分からなかったのだ。そう簡単に尻尾は掴めないだろう。
「『罪人の墓場』や国王暗殺未遂などを考えると、何かしら関わってはいるに違いないんだけどな。もしかしたら仕事としてはしておらず、何らかの目的でやってるだけかもしれないな」
「それは王宮に関してだけということですか?」
「あり得るな」
「このことをアイラには……言うのですか?」
「言わねえほうがいいだろうな。前世でアイラを殺したやつが、あの『罪人の墓場』にアイラを転移させたやつの仲間だと知ったら、アイラはパニックを起こしかねない」
リュカもアイラがパニックを起こした時の姿が蘇る。
「アイラには極力あいつらのことは伏せたほうがいい。だからお前も言うな」
「はい」
そう決めて正解だったとジンは思う。
「さあ、これからだな」
そう言い会議室を出た。
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