97 ソフィアがやって来た
「セイラ・ホルスマンです。よろしく」
アイラは驚き見る。顔はソフィアなのに名前が違うのだ。
――どういうこと? 名前が違う。
すると後ろのサラが呟く。
「セイラ?」
どうしたのかと思い振り向くと、サラは目を見開き驚いた顔をしていた。
「サラ? どうしたの?」
「あの子、私の妹だ」
「え!」
サラは双子がいると言っていた。それがソフィアだというのかとアイラは前を向きソフィア――セイラを見る。確かに髪色や目の色などよく似ている。だが髪型が違うからかそっくりというわけではない。言われなければ分からなかった。
一限の授業が終わると皆セイラ(後のソフィア)の周りに集まり話している。
それを見ながらサラが話し始めた。
「私達を産んで少ししたら親が離婚して、私は父、セイラは母に引き取られたの。でも私に妹がいることはずっと知らなくて、中学の時に父が教えてくれたわ。それからずっと母親とセイラのことが気になってて、一度調べてもらったの」
結果、母は再婚し、セイラの下に子供が2人いた。だがサラの母は何年か前に亡くなり、その後はセイラが妹と弟の面倒を見ていたという。セイラの義父は貴族だったが、起業に失敗し生活は苦しく、血が繋がっていないセイラによく当たっていたという。そのためサラは遠くから様子を見るだけにしたのだということだった。
「じゃあソフィ、セイラさんはサラの双子の妹だってこと?」
「ええ。でも……」
そう言ってサラはクラスの者と話しているセイラを見る。サラが見に行った時はボロボロの服を着ていたほど生活が苦しかったはずだ。そんなセイラがなぜこの学園に入ってきたのか。
「この学園に入れるほど豊かではなかったはず。どこか養子に入ったのかしら?」
魔法学園アデールに通うにはある程度収入が必要だ。一般市民の者達もそれ相当な収入があるから通えるのだ。相当優秀な生徒であれば、特待生扱いで授業料がタダで通うことが出来るが、セイラがそこまでの魔力があるかと言えば否だ。だからサラは不思議でならない。
サラの言葉を聞きアイラはサラに本当のことを言おうか迷う。セイラが聖女と言うことを好評しないのは、学生の時ぐらいは普通の者として生活をしてもらいたいという配慮からだ。そのため聖女だということを学園側も伏せている。
――でもサラなら言ってもいいわよね。血を分けた姉妹なんだから。それにサラが他の者に言いふらすことはないだろうし。
アイラはサラに告げる。
「サラ、実はセイラは次期聖女だからよ」
「え? セイラが?」
ちょっとやそっとでは驚かないサラが驚いている。そりゃそうだろう。まず聖女に選ばれることはレアなのだ。
「セイラが……」
サラはセイラへと視線を向ける。確かに髪も前はボサボサだったのが、とても整えられ貴族だと言っても申し分がないように見える。
「聖女になったから生活が豊かになったということなのかしら?」
「聖女になると身分が皇族の次の地位になるわ」
「え! そんなに高いの?」
「ええ」
聖女は国守玉の浄化をするために必要不可欠の存在だ。そして唯一無二の存在のため皇族のように常に護衛が付き身の安全が保証される。そのため位が低いと手厚い警護が出来ないためにそのような処置がとられているのだ。
「この世の中、やはり地位が物を言うから……」
前世でその地位を利用してソフィアはやりたい放題だった。そしてマティスに好意を抱きマティスの気を引こうとしていたが、マティスはアイラを思っていたためまったく見向きもしてもらえなかったのだ。そしてマティスが好意を寄せているアイラに偽物だと言われたことで、ソフィアは激情しアイラを落とし入れ命を奪うことにしたのだとアイラは思っている。
――確かに貧乏で苦労した経験があるなら、ちょっとひん曲がった性格になるのは仕方ないか。
いきなり地位と権力を手にした者なら、そうなるのは自然なのかもしれない。そして好きな男に見向きもされず、好きな男が好きな気に食わない女に偽物だと訴えられたら殺したくなるのも少しは理解出来ると今なら同情すらしてしまう。
――ソフィアのフルネームってなんだったのかしら?
高い位がもらえるとしても誰か後見人がいるはずだ。
アイラはジンに聞いてみようと昼休憩の時にジンの所へ行き会議室へと連れ出す。
「なんだアイラ。俺に気があったのか? こんな人気のない会議室に連れ込んで。だが悪いな。俺は生徒に手を出すことはできねえ」
「なに冗談言ってるんですか。」
アイラは冷めた目をジンに向けると、ジンは「乗りが悪いなー」とぼやく。
「で、どうしたんだ?」
「ソフィアのことで聞きたくて」
「ソフィア? そう言えばお前んとこのクラスに入っただろ?」
「はい。ソフィアって偽名だったんですか?」
「あれ? お前知らなかったのか?」
「はい」
「俺はてっきり知っているもんだと思っていたんだが」
「知らないですよ。私がソフィアと会ったのは王宮が初めてでした。会った時には聖女のソフィアだと紹介されたので」
「そうか。聖女になる女性は、聖女の名前がもらえる。それは新しく生まれ変わるという意味もある。聖女になれば、慣れ親しんだ家族や環境から離れ王宮で生活することになるからな。だが学生の時は本名で過ごしてもらう。それは聖女とばれないためもある」
それは聖女は国や王宮には無くてはならない存在のため、命を狙われることがあるからだ。
「ソフィアは貧しい家庭で育ちました。やはり聖女になった後は貴族が後見人になるのですか?」
「ああ、そうだ。ソフィアはこれからその後見人の貴族の元で礼儀作法や聖女としての教育を卒業するまで学ぶことになる」
そこでジンは心配そうにアイラを見るため、どうしたのかと首を傾げる。
「なんですか?」
「おまえ、大丈夫か?」
「え?」
「……お前を殺したやつだろ?」
「正確に言えば、殺そうとしていたやつですね。実際に殺したのはソフィアではないので」
アイラは弱々しく笑う。
「だが同じことだろ。ソフィアとアイラを殺した者はグルだったのだから」
「そうですけど……」
アイラはセイラ(ソフィア)がサラの生き別れた双子の妹だということ、そして貧しい家庭環境で育ったことをジンに話す。
「まさかサラの妹だったとはな」
ジンが驚く。
「亡くなった母親の代わりにセイラが妹達の面倒を見ながら家計を助けるために働き、義父からも八つ当たりされていた経緯を考えれば、前世のような性格になるのも分かるかなーと」
アイラは前世の聖女として振る舞っていたソフィアを思い出しながら話す。前世の時のソフィアは思い通りにならないと、なぜ言うことをきけないのだとよく怒っていた。そしてアイラにもよくどうでもいい文句を言ってきていたのだ。そんなソフィアをアイラは相手にしなかったが。
「おまえ、相変わらずお人好しだな」
「え?」
「どんなに過去酷い生活を送っていたからと言ってその後何をしてもいいってわけじゃねえだろ」
「そうですけど……」
曖昧に応える。ジンの言うことは頭では分かっている。だがどうしても心から恨むことが出来ないのだ。
――まあ、お前が精霊達から気に入られているのはその性格だからなんだろうけどな。
だがアイラのこの考えは危ないとジンは思う。
「いいか、よく覚えておけ。お前がいるのは前世じゃない。それも同じ経緯を送った人生でもない。まったく別物だ」
ジンはアイラに静かに、そして諭すように重みのある声音で訊ねる。
「なぜお前は戻って来た?」
アイラの胸にチクっと針で刺された痛みが走る。微かに動揺が見えたアイラにジンは小さな傷をえぐるように更に踏み込む。
「前世と同じになるのは仕方がないとただ見ているだけか? 違うだろ。そうならないようにするためにお前はこの世界に戻って来たんじゃないのか?」
アイラは唇を強く引き締め、何かに堪えるように顔を下に向けた。その姿を見てジンは眉根を潜め、更に追い打ちをかける。
「お前は違う人生を歩むことを望んでいるが、なぜ時が戻ったのか本当は気付いているんじゃないのか?」
「……」
アイラの意識はどんどんと過去へと戻って行く。
薄々そうじゃないのかと気付いていた。最初は自分がかわいそうだから神様が人生をやり直しなさいと情けをかけてくれたのだと思った。だが時が立つにつれて、自分の気持ちとは裏腹に前世では関わりたくない者達となぜか同じように関わることになってしまっていることに気付いた。
そこである不安が過る。もしかしたらまったく違う人生は送ることが出来ないのではないのかと。
だがその考えをすぐに蓋をした。だが過去と同じ出来事が起る度にその気持ちが何度も頭を過った。そして何度も違うと頭から廃除してきたのは確かだ。
「でも……やっぱり……」
自分は違う人生を送りたいと願う。するとジンが呟いた。
「恐怖で逃げたい気持ちはわかるけどな」
「……恐怖で逃げたい……」
そこで気付いた。
――ああ、そうか。私は逃げたいんだ。
あの辛かった人生から逃げたいんだと。
アイラは顔を上げジンを見る。
「先生……」
「ん?」
「私、前の人生が嫌で逃げたんです」
「……」
「嫌で、嫌で仕方なかった。学生の時からマティスはいたけど、ずっと1人でイジメに遭ってた。王宮に入ってからはイライザ精霊魔法士長がいたけど途中で亡くなってからはやはりずっと1人だった。そして最後には殺されて……」
ジンはただアイラを静かに見守る。
「毎日が辛くて……辛くて……。だけど考えると折れてしまうから、考えないように毎日を生きてた。でも死んで時が戻って、また同じ人生を歩むのかと思ったら……嫌で」
アイラはギッと歯を食いしばり拳を握る。
「だからまたあの最悪な人生を歩みたくなくて逃げてたんです!」
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