9 ユーゴの尋問
ユーゴは一瞬にしてリュカの後ろに移動すると、最大限に魔力を手に込め攻撃の姿勢を取った。
「!」
リュカはバッと振りむく。そこにはリュカがよく知る悪戯な笑顔を浮かべたユーゴがいた。ブレッドは危惧していたことが起きたと青ざめ、咄嗟にユーゴの元へと走る。
――団長、何を考えてるんだ!
「団長! 駄目です!」
いきなり巨大な魔力を全身で感じその場に動けなくなった生徒と、突拍子もないユーゴの行動に反応が出来ずにただ見ているだけの教師をかき分けながらブレッドは走るが、ユーゴを止めるよりもユーゴが撃つ方が早かった。
「くそ! 間に合わない!」
ユーゴは口角を上げる。
「さあ、どうする?」
そして巨大な魔力をリュカに向かって至近距離から放った。同時、リュカも両手を前に翳す。
「ああ……終った……」
ブレッドは立ち止まり最悪な結果を想像し血の気が引く。だが予想に反しユーゴの魔力は起動を上へと変え、空へと消えて行った。
「え?」
そして同時に周りに被害が及ばないようにリュカとユーゴの周りに結界が張られた。ブレッドは驚く。
「結界? でもあれは団長のじゃない。誰が?」
「ほう! 僕の魔力を空に流し、結界まで張って被害が周りに及ばないようにしたか」
ユーゴは笑顔を見せる。だがリュカは睨みながら訊ねた。
「何のマネですか? 一歩間違えれば大惨事だ」
「いや、あまりにも上手に魔力を隠してたからね。確かめたくてさ」
「だからといって、やって良いことじゃないでしょ」
「大丈夫。君が止めるとわかってたから」
「……」
「それにしてもよく結界まで張るところまで出来たな。それも僕より早く。現役の王宮魔術師でもここまで早く結界を張れる者はいない。凄いな」
「……」
ユーゴは笑顔を消し、目をすっと細める。
「だが、これは場数を踏まなければ出来ない芸当だ。君、何者だい?」
その目は、いつもユーゴが敵へと向ける目だ。その双眸は狙った獲物に標的を定め、逃げることも許さないとでも言うような圧のある視線。
――疑われている。
リュカは目を逸らさず正面からそれを受け止め言い返す。
「何か勘違いしているようですが、俺はただの学生です。調べてもらえば分かることです」
それを見ていたブレッドは驚き目を瞠る。
――嘘だろ? 学生が団長の威嚇の視線を受け止め冷静に応えている? あの子、何者だ?
ユーゴはリュカへの威嚇を緩めると笑顔を見せて言う。
「そうか。確かに学園を欺き入学するのは容易ではないからな。君を信じよう。なら言い方を変える。君ほどの者がなぜこの学校にいる?」
それは、リュカのレベルならエリート学校のランカル学園へ行くはずだと言外に聞いていた。
「成績が悪かったからでしょう」
するとマティスが血相を変えて走ってきた。そしてリュカとユーゴの間に入りユーゴを睨む。
「ユーゴ! 何をしてるんだ! なぜリュカに攻撃を!」
ユーゴはマティスに頭を下げながら悪びれることもなく応えた。
「面白い生徒がいるなと気になりましてね。この生徒は殿下の知り合いでしたか」
「そうだ。僕の幼なじみで友達だ。話したことあるだろ」
ユーゴは目を瞬かせリュカへと視線を戻す。
「なるほど。君が殿下が言っていた友達か」
それには答えずリュカは頭を下げて言う。
「もういいですか? では俺はこれで」
――これ以上ここにいたら根掘り葉掘り聞かれるのが目に見えている。変に興味を持たれたら後々面倒だ。
リュカは早々にこの場を離れることにし、返事を待たずに踵を返しその場を離れた。
「あ、リュカ、待って! ユーゴ、今度リュカにこんなことしたら許さないからね」
そう釘を打ちマティスは急いでリュカの後を追った。遠ざかるリュカの後ろ姿を見ながらユーゴは微笑む。
「わざとだな」
「え? 何がですか?」
ブレッドが横に来て訊ねる。
「ランカル学園に受からないようにしたことだ」
「え! そんなこと出来るんですか?」
筆記テストはどうにかなるが、魔力の測定はまず誤魔化すことは無理だ。測定器が自身が持つ魔力量を正確に弾き出すからだ。
「まあ僕ぐらいの魔術士か、密偵ならできるかなー」
「団長が出来るのは分かります。でもあの者はまだ1年生になったばかりの学生ですよ?」
「普通の学生なら無理だよね。でも彼は完璧に魔力を隠していた。現に僕以外誰も気付かなかったからね。驚きだねー。不思議なのは、あれだけの完璧なほどの技術を習得するには、そのプロ――密偵の者に習わなくてはならないはずなんだけどね。自己流にしてもあの年齢では習得出来るとは到底思えない。誰に教わったのか。ほんと彼は何者なのかね?」
顎に手を当てながら不適な笑みを浮かべ独り言のように言うユーゴを見てブレッドは一抹の不安を覚え嘆息する。
――ああ興味を持っちゃったよ。
「殿下の友達といい、彼は色々な意味で興味深いねー」
嬉しそうに言うユーゴにブレッドは、
「あの子はまだ学生です。余計なことはしないでくださいよ。尻拭いは嫌ですからね」
と釘を刺すのだった。




