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鉱渇なる者  作者: 豚野朗
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諦念

 次に目が覚めた時に見えたのは、さっきと同じ天井である。

 さっきまでの記憶が鮮明にある。

 その記憶が夢であってほしかったが、同じ天井が見えてしまったので疑いようがない。まさか夢で見た初めての天井と現実の天井が一致するはずがない。

 だからこれは現実なんだろう。

「榎並先生……」

 どこへともなく呟くと、「おはよう。私の声は聞こえる?気分はどうかしら?」とすぐに返事が聞こえた。

「はい。聞こえます。気分は、あまり良くないですけど……」

「それはそうでしょうね。でも頭は冷えたようね。どうする?まだ会話できる、元気はある?また明日にしましょうか」

 榎並先生の言葉に少し考え、「いえ、全部聞いておきたいです。明日までもやもやしたままにしたくないので……」と正直に伝える。

「さっきの話はすべて受け止めるつもりでいる、という事で良いのかしら?あなたが思い出してしまったからには、酷い事実を伝えなければならないわ」

「うっ、はい。聞きます。俺自身のことを聞きたいです」

「分かったわ。無理をしないでね。気分が悪くなったら、すぐに言うのよ」

「分かりました」

「これから、そっちに向かうわ。少し待っていてね」

「はい」

 そして声が途切れ、少し待つと再びシュッと開く音が聞こえてきた。

「沖田隊長、お願いします」

「はい」

 再び視点が起き上がり、紫のロボットと榎並先生の顔が見える。

「さて、まずは何を聞きたいのかしら?」

「な、なら、俺が言った黒い影っていうのは、やっぱり人だったんですか?とにかく、そればっかりが気になって……」

 榎並先生ははっきりと頷いて、「そうよ」と言った。

「やっぱり、そうだったのか。その人は無事なんですよね」

「無事よ。催眠療法であなたと会ったことは、幻覚だと思い込んでいるところよ。もう日常生活をふつうに送っているわ」

「良かった」

「それにあなた自身がこの事を引け目に思う必要は無いわ。融合した存在の本能に引きずられただけだし、もう人間を食べたいなんて思わないでしょう?」

「えっ!?」

 榎並先生の言葉にどきりとしてしまう。

「エネルギーを与え続けているから、人間を食べてエネルギーを回収する必要は無いわ」

「エネルギー?」

「私たちの独自技術よ。電気エネルギーをあなたたち用のエネルギーに変換して供給しているのよ」

「供給って、どこから……」

「その拘束しているベッドからよ。おかげで芦屋君はエネルギーの枯渇に悩まされないわ。三日間ほどずっとエネルギーを供給していて暴れる様子もないから、一先ずは君の身体もエネルギーに関しては満足しているのでしょうね。そうでなければ、私を食べようと襲い掛かって来たでしょう」

「ま、まあ……」と目を逸らして頷く。

 続けて榎並先生は説明していく。

「それに今後はエネルギー不足になる事は無いから安心して。十分なエネルギーを毎日、あなたに供給できるから。エネルギーはほぼ無尽蔵だから気にしないで。お金もいらないわよ」

「ええ?良いんですか?」

「大丈夫よ。なんてったって、ここは国の施設なんだから」

「国の施設?」

「ここは国の電力施設、つまりダム湖の底にある怪鉱専門研究所よ。秘境にあるダムが生み出すすべての電力はあなたたちのために作られているの」

「はっ?ここがダムの底?」

「そうよ。後で案内してあげる。結構、眺めは良いのよ」

「はい。えっと、怪鉱専門研究所っていうのは?」

 榎並先生に聞き返す。

「あなたが融合した存在を研究している所よ。怪鉱の調査、保護、討伐、封印なんかを行っているわ。あなたを保護した時も私たちの仕事の一環だったのよ。怪鉱が人を襲ったかもしれないと報告があってね、それの調査を行っていたのよ。その時に見つかったのが芦屋君、あなたよ」

「俺が……?あっ、もしかして、行方不明事件ですか?」

 不思議な出来事が起こる前に友達から聞いた噂を思い出して、榎並先生に尋ねた。

「そうよ。行方不明事件に怪鉱が関わっているかもしれないと報告を受けて、私たちは調査をしていた」

「どうして怪鉱が原因だと分かったんですか?」

「事件はちょうど夜にばかり起こっていたというのが一つ。怪鉱は夜に暴れやすいのよ」

「夜に?どうして」

「怪鉱はエネルギーが足りなくなるとエネルギーを求めるって言ったでしょ。実は昼はエネルギーを別の方法で得ていると思われるわ」

「昼のエネルギー?」

「簡単よ、太陽の光のこと。太陽の光からエネルギーを得ているから、昼間は怪鉱は動かない。だけど夜になると、そのエネルギーを受けられなくなってエネルギーを求めて人を襲いだす。多くの怪鉱が引き起こす事件の発生時刻はかなり限定的なのよ。それでその調査を行っていると、人を襲っていたあなたが見つかった」

「そうだったんですね」

「それにしても良かったわ。芦屋君が寸前で声を出してくれて」と榎並先生が言った。

「声を出す?」

 何を言っているのか分からず、思わず聞き返した。

「ええ、怪鉱を発見した場合、まずは討伐をする。討伐っていうのは、怪鉱をコアになるまで弱らせる行為ね」

「コアになるまで?」

 榎並先生の言葉から不穏な物を感じた。

「コアっていうのは、怪鉱の心臓のような物ね。怪鉱はそうすることで、やっと完全に無力化できるのよ。たいていの場合は、コアにして暴れていた怪鉱を回収する。それが討伐」

「え、じゃあ、俺が声を出さなかったら……」

「ええ。当然、コアになるまで攻撃して、融合していたあなたは死んでいたわ。コアは怪鉱の最も素で核の部分だから、その時に余分な部分ははぎ落されてしまう。そうならなかったのは、声に気付いてくれた子のおかげだから後でお礼を言っておく事ね。その子も、芦屋君と同じように怪鉱と融合してしまった子だからすぐに仲良くなれると思うわ」

「俺と同じように?」

「そうよ。その子が捕縛に優れていたっていうのも、安全に捕まえられた理由ね。本来なら、結構大変なのよ、暴れる怪鉱を融合した人間含めて捕まえるのは」

「あの……、もし俺が人間を食べていた場合は、助けてもらえていたんですか?」

 すると榎並先生は意味ありげに黙り込んだ。

「助けることはできるわ。でもその時に意識が残っていない可能性があるから、実際は討伐が優先になるわね。人間を食べる度に、怪鉱に意識を侵食されて、最後には意識すら残らないわ。そういった人を何人か見ているけど、本当にただの動物と似たような物になっているわ」

 ぞわっと身体中に怖気が走る。本当にぎりぎりのタイミングで助けてもらえたんだな。

「その、そちらの沖田隊長と言う方も、そうなんですか?」

 榎並先生の隣にいる紫のロボットを見る。

「沖田隊長ですか?違いますよ。どちらかと言えば、彼は自分から怪鉱と融合した人なんです」

「自分から?」

「そうですね。これからのこともありますし、説明した方が良いでしょうね。芦屋君、怪鉱は昼間はどういう形でいると思う?」

 突然榎並先生からクイズを出される。

「昼間ですか?太陽の光でエネルギーを吸収しているんですよね。ビルの屋上とかで太陽を浴びているとかですか」

「残念ながら、怪鉱はそこまで頭は回らないわね。言ったでしょ、彷徨っているって。ビルなんて彼らには分からないわ。怪鉱は太陽が浴びれればどこでも良いのよ。だからすぐに人に見つかってしまうのよ」

「人に見つかる?」

「そう。昼間どういう姿をしているかの答えよ。怪鉱は昼間、普通の鉱物の姿になるのよ」

「鉱物?」

「簡単に言えば、金属ね。昼間はじっと動かずに金属の塊のような姿でいるのよ。だから人に見つかると回収されて売られてしまう。世界各国の鍛冶屋の下に」

「鍛冶屋?」

「そう、金属として加工されて、武器として人の手に渡ってしまうの。芦屋くん、そんな武器を人が持ったらどうなると思う?」

 榎並先生の言葉に思わず、隣の紫のロボットを見る。

「まさか……」

「そうよ。古今東西あらゆる場所で、血の吸いたが武器や身体が化け物になるなんて話はよく聞くでしょう。それは今言った怪鉱によるものよ。つまり化け物退治の昔話やありえなさそうな伝説と言うのは、実際に怪鉱と関係のある本当の話なのよ」

「信じられない」

「ここにいる沖田隊長は怪鉱の武器を自分から持って、この姿になったの。この日本の伝説の妖刀村正の持ち主となってね」

「妖刀、村正?あの有名な?」

「そう、村正は本当に存在する怪鉱の武器。日本政府が古来から管理していて、沖田隊長は村正の所有者として選ばれた人間なのよ。そして怪鉱と融合して、怪鉱と戦う力を貰ったのよ。そして貰った力を使って、ここ数年目覚ましい戦績を上げているわ」

「自分から怪鉱と融合するなんて……」

「そういう人も結構いるのよ。それと他にも怪鉱と付き合い方もあるんだけど、それはまた後かしらね。怪鉱とのいずれたくさんの怪鉱と融合した人と出会えるから」

「え……、はい……」

「気付いていないとは思うけど、もう夜も遅いわ。続きは明日にしましょう。それと明日には拘束は外せるはずよ。その後、人間の姿に戻れるようにトレーニングもしないとね。それまではゆっくり休みなさい」

「分かりました」

 榎並先生は立ち上がりながら、「ちょっと寝苦しいかもしれないけど、今日だけだから我慢してね。明日は動けるようになるから」と言って、そして沖田隊長と共に部屋から出て行った。

 一人になった俺は目を閉じる。

 眠れないかもと思っていたが、睡魔は図らずもずぐにやってきた。

 今日はいろいろと理解することが多過ぎた。

 睡魔に導かれるままに意識が遠のいていく。

 明日もきっと大変な一日になるに違いないという予感があった。

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