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鉱渇なる者  作者: 豚野朗
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捕縛

 目を覚ますと、見知らぬ天井であった。

「あ……、ここは……?」

 寝ぼけた頭で高い天井を見ながら考えるが、この光景は全く記憶にない。

 普通の部屋ではありえないほどの高い天井。学校の体育館のようなとても高い天井で、しかものっぺりとしていて、白い光が等間隔で灯っていた。

「あれ……」

 起き上がろうとして、身体の異変に気付く。

 身体が全く動かない。

 しかも何故か身体の感覚が鈍い。

 鈍い感覚の中でも手足に何かを付けられているのが分かる。

 さらに首の辺りも拘束されていて、頭も振るくらいしか動かない。

「な、なに、これ……。何でこんなことになっているんだ?」

 怖くなって、手足の拘束を外そうと必死になって力を込める。だけどどれだけ力を込めても、拘束具はびくともしない。

 かなり強く拘束されていて、少しも身体を動かせなかった。

 首もほとんど動かせないから、自分の身体がどうなっているのか分からない。

「だ、誰か、誰か!いませんか!誰か!」

 どうして自分がこうなっているのか意味が分からなくて、必死に周りに助けを呼ぶ。

 まったく身動きができない状態で、頭がパニックになっていた。

 しかし周りに人がいる気配はない。

 だけど必死になって呼び続けていたら、唐突に「ごめんごめん。遅くなったね」と女性の声がした。

 この部屋に誰かが入ってきた音もないし、人の気配は相変わらずない。視界の範囲には無いが、どこかのスピーカーからの音声だろう。

「た、助けてください。身体が動かなくて」と声に助けを求めた。

「ごめんね。まだ拘束は解けないのよ」

「なんで!」

「落ち着いて、危害を加えるつもりは無いわ。ほら、深呼吸をして。はい、息を大きく吸って……吐いて……」

 スピーカーの声を信じて、深呼吸を繰り返す。

 そのおかげかパニックも落ち着いてきた。

「じゃあ、まずは君の名前から聞かせてもらおうか。それと年齢、性別、住所、電話番号なんかも、思い出せる?」

 まるで医者のような審問だ。

「芦屋和馬、17歳、男……」

 聞かれた事にすべて正確に答える。

 あれだろうか、記憶喪失だったとか、意識を失って倒れていたとか。

 質問に答えながら、自分の中で質問の意図を探る。

 そうだとすれば、ここは病院だろうか。

「あしや、かずま……。ふむふむ、なるほどね。だいたい分かったよ。答えてくれてありがとう。さて、調子はどうかな?痛い所とか苦しい所とか無い?」

「えっと……、ありません……」

 この質問の答えにはあまり自信が無かった。

「そうか、なら、少し待っていて、そちらへ行くから。直接会って、会話した方が良いんじゃないかな」

「えっ、はい」

 スピーカーの声が途切れた。

 そして少し待てと言う言葉が何だったのかと言うほどすぐに、どこかで何か電子音が鳴った。

 しかし首が動かなくて、そちらを見る事はできない。

 かつかつかつと固い音がする。女性だしヒールの音だろうか。

 それが近付いてくる。

 そしてそれは俺のすぐ横にまで来た。

「初めまして。起こすよ、少し揺れるからね」

 女性の声とともに、寝かされていたベッドが揺れて視界がぐいと下に動いた。

 長い髪の女性が少し離れた所にいた。彼女は長い髪を後ろで束ね、白衣を羽織っていて、まるで医者のような風貌であった。

「私は榎並仁美。まあ、医者みたいな事をしている。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「さてと、私の顔が見えるかい?」

「はい」

 女性は人差し指を立てて見せた。

「指は何本立ってる?」

「一本です」

 今度は三本立てた。

「これは?」

「三本です」

 次に完全に手を開いて、ジャンケンで言うパーをして見せた。

「これは?」

「5本です」

「うん。視覚に問題は無さそうね」

 うんうんと頷きながら、持っているタッチパッドに何かを書いていく。

「あの!」

「なにかしら?」

「その、俺は何かの病気なんですか?」と聞くと、「うーん、そうとも言えるし、違うとも言えるわ」と曖昧な答えをされた。

 その時、かつかつと音がした。俺の背後からだ。

 そう言えば、少し離れた所に女医さんは座っているのに、足音は俺の近くまで来ていた。

 見えなかったけれど、後ろにいるのは誰なんだろう。

 かつかつと歩く音は俺の横を通り抜けて前に出て、視界の中に入ってきた。

「ろ、ロボット……!」

 紫色のゴツゴツとしたロボットであった。太い金属の胴体、太い金属の手足をしていて、頭も生物とはかけ離れた四角い形をしている。

 さらにそのロボットは日本刀を腰に差している。

 テレビとかで見るようなガクガクとした歩き方ではなく、まるで人間のように澱みなく歩いていた。

「凄い!こんなロボットが動いているんですか!……あれ、そう言えば、なんか別のロボットを見たような……。あれは……白い……」

 頭の片隅で何か覚えのない記憶があるような気がする。

「無理に思い出さなくて良いよ。順に説明していくからね」

「えっ、はい……」

 さてと、と言って、タッチパッドを押すと、俺の寝かされていたベッドの横にモニターが現れた。

「これを見て欲しい。ここに写っている写真は君本人で間違いない?

 電源が付き、そのモニターに何かが映し出される。

 ネットの記事のようだ。

 そこに俺の写真が乗っていた。

「はい。そうです」

「間違い無い?」

「はい」

 何故か何を押すように確認された。

 ちょっと前の写真だけど、大体の顔は今も見えているはずなのに。

「そうなのね、ありがとう。このネット記事は一ヶ月前のものよ」

「一ヶ月?」

「そう、一ヶ月前に一家全員が行方不明になったという記事よ。今も誰も見つかっていない。芦屋和馬くん、あなた以外は」

「そんな……」

「あなたもつい三日前に見つかって、目が覚めるのを待っていた所だったのよ」

「お父さんとお母さんは?」

「一緒にはいなかったわ」

「み、見つかるんですよね、俺みたいに」

 俺が言うと、榎並先生は困ったように眉を下げた。

「努力はするわ。でも望みは薄いと思うわ」

「嘘だ。何で、こんな事に……」

 そしてさらに言いづらそうに、榎並先生は言った。

「もう一つ、あなたに伝えなければならない事があるのよ」

「はい?」

「あなたの今の姿について……」

「俺の姿?」

「驚くなと言うのは無理なのは、承知しているけど、心を強く保ってね」

 再びタッチパッドを弄ると、モニターが切り替わった。

 そこには黒い化け物が写っていた。

 黒い化け物は大きな椅子のようなものに座らされ、手足を頑丈そうな金属で固定されている。

 黒い化け物の姿は今まで見てきた物の中でも特に異質だった。

 一言で言えば、人間の形を作ろうとして失敗した岩の塊だ。頭や手足があるというのが分かる程度の造形である。

 表面はゴツゴツとしている。

 その化け物がこちらを見て、僅かに身体を動かしている。

 そのおかげで、それが生きているのだと分かった。

 よく見ようと顔を近付けると、その化け物も真似するように顔のような部分を近付けた。

 俺と同じ動作が気持ち悪くて顔を背けると、同じように化け物が動いた。

 そこでやっと気付いた。

 この黒い化け物が自分じゃないかと。

「あの……、まさか……。この黒い化け物が……」

 恐る恐る尋ねると、榎並先生ははっきりと頷いた。

「そう、これが今の君の姿よ」

「う、嘘だ……」

 画面に映るのが、自分の姿なんて信じられない。

「俺を騙して、どうするつもりだ」

「どうもしないわ。とにかく落ち着いて」

 榎並先生が俺に落ち着くように言った。

「でも、そんな……」

「大丈夫よ、安心して、人間の姿に戻る手段はあるから」

「本当ですか?」

「ええ、本当よ。でも証拠がないのは不安でしょうから、人間の姿に戻れる証明をしてあげましょう。沖田隊長、お願いします」と榎並先生は何故か隣のロボットを見て言った。

「了解です」とロボットが返事をすると、表面の金属がぐにゃりと歪んだ。

 元から液体であったかのようにどろどろと崩れていく。

 元のロボットの身体はまるで空気に溶けるように消えてしまう。

 そして中から人が現れた。

「え……、どういう事ですか……」

「この人は君と同じような境遇の人よ。細かいことを言うと違うけれど……」

「じゃあ、俺もこんな風に戻れるんですか?」

「その通りよ。練習をすれば、人間の姿に戻れるわ」

 榎並先生の言葉にほっとする。

 人間に戻る方法があると目の前で証明してもらったことも大きい。

「良かった。じゃあ、家に帰れるんですよね」

 俺の言葉に榎並先生は「それは無理よ」と答えた。

「え……。ど、どういうことですか?」

「話し辛い事なんだけれども……、あなたを一般社会に戻す訳にはいかないのよ……」と榎並先生は俺の目を正面から見ながら言った。

「そんな!学校とか、俺の家とか、どうなるんですか!」

「残念だけど、これと関わってしまった以上、もう普通の生活には戻れないわ。あなたの場合は……、特にね……」

「どういう事ですか。何で戻れないんですか。これっていうのは何なんですか!」

「そんなにたくさんの質問に同時に答えられないわ。説明してあげるから、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか!」

「落ち着いてくれなければ説明できないわ。ダメなら、また日を改めることになるわよ」と榎並先生は脅しのような言葉を言った。

「うっ……。そんなの……ずるいです……」

 そんな事を言われたら、黙るほかない。今の俺が置かれている状況を何としても知りたいから。

「ごめんなさいね。こちらも余裕はないのよ」

「余裕はない……?」

「ええ、まだ説明はできないけれどね。説明するにあたって、確認しておきたいのだけど……、あなたはさっき言った白いロボットの記憶の前後の記憶はあるかしら?」

「あ……、いえ、あんまり……」

「そう。分かったわ。あまり思い出す必要はないわ。あなたは別の存在と融合してしまったのよ」

「別の存在と融合?遺伝子組み換えみたいな?」

「いいえ、もっと別の物よ。存在自体が完全に融合しているの。今のあなたの姿は、その融合したことによる影響ね」

「意味が分からない!別の存在って何なんですか!」

「怪鉱と呼んでいるわ。妖怪の怪に、鉱物の鉱で怪鉱よ」

「怪鉱……。何なんですか、それは?宇宙人ですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今もまだどういう存在なのか、分かっていないのよ」

「そんな奴らが地球を襲っているっていうんですか?」

「いいえ。襲っているんじゃないわ。どちらかと言うと、迷い込んでくると言った方が正確でしょうね」

「迷い込んでくる?」

「ええ。そして彼らは活動するエネルギーを求めて、さ迷い歩くのよ」

「さ迷い歩く……、っ!……あれ……、俺も……」

 ぼやけて暗い映像が浮かんできた。

 俺もそんな事があったような記憶があるような。

「大丈夫?調子が悪いなら、もう少し時間を空けましょうか?」

 榎並先生が心配そうに語り掛けてきてくれた。

「いえ、ただ、変な記憶が……。暗くて、ぼやけているんですが、変な場所を歩いていたような……」

 俺の言葉を聞くと、榎並先生が横にいる沖田隊長をちらりと見た。すると沖田隊長の身体は元のロボットの姿になった。

「落ち着きましょう……。まず、その記憶ははっきりとあるのかしら?」

「はい……。なんか、段々と思い出してきた……。全然見えなかったですけど、暗くて寒い場所を歩いていました。とても寒くて寒くて、倒れそうなほど辛い世界でした。この世界じゃないような場所」

 頭の中に浮かび上がる記憶を言葉にしていく。

 信じられないほどの寒さがあった暗い世界だった。

「あれが、怪鉱の世界……なんですか?」と尋ねると、榎並先生は首を横に振る。

「いいえ。この世界よ。あなたはずっとこの世界を彷徨っていたわ、きっとね」

「でも、あんな寒い世界は……」

「さっき言ったでしょう。怪鉱はエネルギーを探しているって。あなたと同じような人も言っていたわ、寒さや空腹を感じたって……。エネルギーを得られない怪鉱は、そんな状態で彷徨うらしいわ。まるで山や森で遭難した人のようにね。そして……」

 榎並先生が話しにくそうに言葉を区切った。

 同時に俺の記憶は佳境に入る。

 黒い大きな物の一部が開き、明るい光が漏れ出た。そして明るい光の中に黒い影がいた。俺は腹が減っていて、その動物を食べようとしたのだ。

「俺は、黒い影を食べようとしました。あの黒い影は……」

 あの時は、空腹であまり考えられなかった。

 黒い影も良く見えなくて、必死になって追いかけた。

 しかし今、思い返してみると、黒い影は二本足で立って歩いていた。そして二本の腕を持っていた。当然頭もあった。ぼんやりとした姿がはっきりと頭の中で像を結ぶ。

「大丈夫。たっぷりと時間はあるんだから、ゆっくりと思い出しましょう」と言う榎並先生の声が聞こえてくるが、もう頭の中は嫌な想像がへばりついていた。

 黒い影が何なのかという想像だ。

 榎並先生は俺が変わらず、この世界を彷徨っていたと言っていた。

 この世界で最も当たり前にいる存在は何だろうか。

 そして俺は何をしようとしたのか。

 黒い影の形は、榎並先生と同じだ。

「榎並先生、教えてください!俺は黒い影を食べようとしました!あれは、黒い影は!白いロボットが助けたあの黒い影は何なんですか!」

 必死になって榎並先生に問いかける。

 おぞましい予感が頭によぎって、俺を離さない。

「落ち着いて。まずいったん、落ち着きましょう」

「教えてください!俺は何を食べようとしたんですか!」

「教えてあげるから、落ち着いて」

 榎並先生の落ち着いてと言う言葉が、余りにも悠長に思えてしまう。

「榎並先生!教えてください!」

「落ち着いて」

「落ち着ける訳ないだろ!」

 やけになって、大声で叫ぶ。

 頭がぐちゃぐちゃになって、大声を出さないとおかしくなってしまいそうだ。

「落ち着いて、ゆっくり深呼吸して。大丈夫だから」

「ああ!ああああ!嫌だ!」

「深呼吸しましょう。聞こえてる?芦屋和馬くん、聞こえる!」

「ああああああ!あれは、あれは!あれは!」

「ああ、もう!沖田隊長!」

 榎並先生が沖田隊長の名を呼んだ。

「あれは!もしかして!にんげ……」

 俺が言い終わる前に、身体に大きな衝撃が走って、すべてが一瞬で闇に消えた。

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