表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉱渇なる者  作者: 豚野朗
2/4

放浪

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。


 ほとんど何も見えない中でどこかを歩き続ける。

 そして何かを鳴らして、再び別の場所へ。

 どれくらいこんなことを繰り返しているのか分からない。10分くらい前だったか、一時間前だったか、あるいは一日前か、一週間前からか。

 もしかしたらもう何年も繰り返しているのかもしれない。

 たしか、ドアを開けたら、寒くなって……。それから、分からない。

 思考に靄がかかって、考えることもできない。

 ただただやらなければならないことを、ひたすらやり続ける。

 そしてそれ以上に感じるのは寒さ。

 温かいものなどどこにもない。体温ですらどこかに忘れてきたのか冷たい。身体が凍ってしまったかのようだ。手も足も凍り付き、痛くて重くて仕方がない。寒くて寒くて倒れそうなほど辛いのに、身体はどこかをさ迷い歩いている。

 自分でも理解できない何かに突き動かされていた。

 足と腕が勝手に動き続けている。どこかへ向かっているのか、それとも歩き続けるのが目的なのか、それすらも分からない。ただひたすらに歩き続ける。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 いつ始まって、いつ終わるのか分からない。いや、いつ始まったのかも曖昧だ。これまでの記憶すらもおぼろげだ。

 ひたすらに歩き続ける。

 目の前は何十にもフィルターがかかっているようにぼんやりとした輪郭しか見る事ができない。かすかな光は感じるが、それもどこか別の世界のことのようで実感がない。

 音も同じだ。どこかぼんやりとしか聞こえず、壁越しに聞いているかのようだ。

 夢の中を延々と歩き、訳も分からず動いている、そんな感覚だ。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 何をやっているのだろうかと疑問に思っても、それ以上が進められない。

 思考がまとまらない。

 考えようとするたびに、それが靄のようにかき消えて何も考えられなくなる。

 そのたびに最初から考え直し、再び考えたことが消えていく。いつの間にか思考が消えて、思い出した時にはまた消えてしまう。

 まるで猛烈な睡魔に襲われながら歩いているようだ。

 それでも歩き続けられるのは、身体が勝手に歩いてくれているからだろう。

 明滅する意識の中で、ただただ体の動くままに任せる。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 ほとんど真っ暗で、ぼんやりとした世界を見つめる。

 大きな四角形や五角形の物体が見えるが、あれは家なんだろうか。目を凝らしてみたが、まったく分からない。黒い輪郭以上の情報を得る事ができない。

 もしも家だったら、助けを求めることもできるだろうか。

 声を出そうとしても、喉が詰まっているかのように声が出ない。

 出るのは、熱病に浮かされている時のような唸っているような声だ。その自分の声さえも、どこか遠いところから聞こえてくるようだ。

 何もかもが遠い。自分の中からの音ですら、はるか遠いところから響いているように聞こえる。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 ただただ歩き続ける、どこぞとも分からない場所を延々と。

 僅かに変わる景色を見ながら、凍ったように冷たい手足が動くままに任せる。

 辛い。このまま前のめりに倒れ込んでしまいたい。

 しかし身体は進み続ける。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 そして凍えるような寒さと辛さの他に猛烈に感じるものがある。

 それはどうしようもない空腹感だ。

 腹に痛みを感じるほどの感じたことのないほど大きな空腹感があった。

 ずっとずっと歩き続けていて、何も食べていない。飲んでもいない。

 ただずっと歩いているだけで、他は何もしていない。

 何故、俺はこんな苦しい中でこんなことをしているのだろうか。

 腹が減った。

 今までの人生の中で一番限界に近い。もう何で生きているのか分からないほどの限界状態だ。死にそうなほどに苦しくて辛いのに、身体は動き続ける。

 倒れてしまえば、少しでも楽になれるかもしれない。

 身体全ての力を抜いて、そのまま眠ってしまいたい。

 だけど、なぜ、そんな簡単な事すらもできないのだろうか。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 カチャン……。カチャン……。

 ピンポーン……。ピンポーン……。


 ハイ……。ドチラサマデスカ……。


 何か違う音が聞こえてきた気がした。

 俺の足は初めて、そこで止まった。

 ここがどこだか分からないが、何か巨大な物の前にいるようだ。

 イマ、アケマスネ……。

 そしてほとんど変わり映えの無かった世界に新しい動きが生まれた。

 ガチャ……。

 目の前の巨大な物の一部が開き、中から光がこぼれた。俺の鈍っていた網膜が鮮烈に焼かれる。

 光が大きく強くなっていく。

 暗くフィルターを何枚も通したような世界をずっと見ていた俺にはあまりにも強烈な輝きだった。

 光の差す方向へ足が前に出る。

 カチャン……。

 足元で硬い音がする。

 そして光はさらに大きく強くなっていく。

 火に飛び込む羽虫のように、その強い光を求める。

 光を塞いでいた蓋のような物を掴み、引っ張って大きく開けた。

 キャ……。ナニヲスルンデスカ……。

 同時に何かが光の中から飛び込んできた。

 蓋を掴んでいたので、一緒になって飛び出てきたようだ。

 俺と同じかちょっと小さいくらいの黒い影である。もぞもぞと動いているが、はっきりと形を見る事ができない。

 でも、それを見て、はっきりと大きな衝動を感じた。

 その黒い影が何かは分からない。

 だけどはっきりとした衝動が身体を駆け巡り、脳を揺らした。

 美味しそうだ、と。

 空腹で痛いくらいのお腹が、目の前の何かを求めていた。まだこの影が何か分からないが、何か動いていると言う事は動物なのだろう、おそらくは。

 キャー……。バケモノ……。

 何かの音を発しながら、黒い影が地面に倒れる。

 空腹を満たしたいという欲が身体を突き動かす。

 その地面に倒れた影に手を伸ばすけれど、黒い影は地面を這って、光の中へ逃げてしまう。

 タスケテ……。ダレカ……、タスケテ……。

 とてもくぐもっていて、影がどんな風に鳴いているのか分からない。動物にしては色んな声で鳴くような気がする。

 でもとてもお腹が空いているのだ。

 空腹を満たせるのであれば、もうどんな動物でも構わない。

 黒い影を追って、光の中に踏み入れる。

 僅かに寒さが和らいだ気がした。凍りそうだった手足が、光に照らされているからか少し温かみを得た。

 しかしそれよりも空腹の方が先だ。早くしないと、黒い影が逃げてしまう。

 眩しい光の中で影はずりずりと移動していく。

 あまり力の入らない身体で影を追う。

 走ることも跳びかかることもできず、さっきと同じように歩いて近付く。

 お腹が空いた。

 早く影を捕まえて、かぶりついて、空腹を満たしたい。

 影は角を曲がり、姿を消した。

 はっきりと見えない。

 光の中では眩しくて、どんな場所なのか分からない。

 細い通路のように感じるが、それ以上の情報が見えない。

 横に穴が空いていて、それが部屋になっているのだろうか。

 くらっと頭がふらついた。ダメだ、あまり頭が回らない。

 空腹を満たさなければならない。

 さっきの黒い影を早く追おう。

 カチャン……。カチャン……。

 角を曲がると、小さな部屋の中の隅に隠れていた。

 あと少しだ。

 あと少しで、黒い影にかぶりつくことができる。

 辛い空腹を満たせる。

 黒い影に近付く。

 黒い影はすぐ近くなのに、全然ピントが合わない。やはりにじんだ絵の具のような輪郭しか見る事ができない。

 思考もうまく回らない。

 ただただ黒い影を食べて空腹を満たしたいという衝動に駆られる。

 ヤダ……。コナイデ……。

 ダレカ……。タスケテ……。

 黒い影の細い部分を掴むと、激しく影が暴れ始める。

 しかし影が暴れても俺の身体は何故か痛みを感じない。

 掴んでいる手の平でさえも、俺の感触は無い。

 やはり、これは、夢の中なのか……。

 色々と考えなければならないことがいっぱいあるはずなのに考えられない。

 腹が減った。

 黒い影は俺の手から逃れようと暴れているけど、全然痛くない。

 顔を近付けて見たが、やはりぼやけていて見えない。

 しかし、近くで見ると凄く凄く美味しそうだ。

 この影を食べれば、空腹はきっと収まってくれるはずだ。

 イヤ……。イヤ……。イヤァ……。

 ハナシテ……。ハナシテ……。

 黒い影が高い声で鳴いている。

 イキが良くて美味しそうだ。

 もう空腹が限界にきている。

 早くかみついて、黒い体の中にある熱い迸りを口で味わい、のど越しを感じ、腹に収めてしまいたい。

 口を開けて、黒い影に顔を近付けていく。

 ヤダ……。ヤダヤダ……。

 タスケテ……。ダレカ……タスケテ……。

 黒い影が激しく暴れるけれど、もうあと少しで黒い影の身体に口が触れる。

 空腹をやっと満たすことができる。

 口が黒い影に触れた。

 イヤ……。イヤイヤイヤ……!

 ダレカ!タスケテ!

 黒い影が大きく叫んだ。

 その時、背後からガタンと大きな音がした。

 まるで黒い影の叫びが読んだかのように。

 イマシタ……。タイチョー……。

 コッチデス……。

 別の音が聞こえてきた。

 何の音だろうか。

 早くお腹を満たしたいんだから、邪魔しないで欲しい。

 でも黒い影が逃げない内に食べてしまわないと。

 再度口を開けて、黒い影を食べようとしたら、腕を掴まれて背後に引っ張られる。

 ハナレナサイヨ……。

 そしてあっという間に視界がぐるんと回って、ガチャンと音がした。硬いものと硬い物がぶつかり合うような音だ。

 頭がくらくらとする。視界も良く見えなくて、今倒れているのか立っているのか分からない。

 アナタ……、ソコデウゴカナイデ……!

 エ、エ、ナニガドウナッテルノ……。

 何の音なのだろうか。

 良く分からないけど、食事の邪魔をされたことだけは分かる。

 早く邪魔者を退かさないと食べれない。

 立ち上がろうとしたら、身体中に寒さが戻ってきた。光の下で和らいでいたのに、突然寒さが体を襲ったのだ。

 それがどうしてなのかは全く分からないが、何か良くない事であることを理解した。

 ふらふらとするが、起き上がって邪魔をしに入ってきた何かを見る。

 おぼろげな視界の中、黒い影と白い何かが見えた。

 そして光の中は白かったが更に白くなっているようだ。

 曖昧な視界が白飛びして更に良く見えなった。

 黒い影が白い影の後ろに隠れてしまう。

 空腹でお腹が痛い。

 早く、早く、黒い影を食べないと。

 足を一歩踏み出すと、白い影が動いた。

 そして更に寒さが増して行く。

 寒い。光の中に入る前よりも寒い。身体が悲鳴を上げる。

 寒さのせいで上手く身体が動かなくなる。

 いや、それだけじゃない。

 何かが身体を押さえ付けている。

 おぼろげな視界で動かない身体を見てみると、何かキラキラとしたものが俺の黒い身体を覆っていた。そのせいで地面と身体がくっついてしまっているのだ。

 引っ張ってみるが、ぜんぜんキラキラした物が壊れない。

 黒い影が白い影の後ろに隠れてしまう。

 食べたいのに、お腹が空いているのに。

 食べさせてくれ。

 その黒い影を。

 無理やり白い影に近付こうとしたけど、キラキラした物が邪魔をする。

 何で食べさせてくれないんだ、こんなに苦しいのに。

 オトナシク……、シナサイ……。

 白い影が急接近して、身体に衝撃が走る。

 またおぼろげな視界が急に動いて、目が回ってしまう。

 自分がどうなっているのか、もう分からない。頭がくらくらとしている。

 俺の目の前に白い影がいた。

 視界の中で白い影がキスできそうなほどに近付いていた。

 それだけ近づいて、やっと視界の中で像を結んだ。

 曖昧な像にならなかったのは、凹凸が少ないつるつるとした無機質な物だったからかもしれない。

 その姿は一言で言うならば。

「ロ……ボッ……ト……?」

 純白の鋭い曲線で作られた美しいロボットだ。

 マサカ……。

 白いロボットがしゃべった。

 すると俺を押さえ付けるロボットの力が若干弱まった。

 何とか身体の動く箇所だけで押し退ける。

 白いロボットは少しよろめいた。

 スマナイ……、オクレタ……。

 トウバツヲハジメル……。

 また別の鳴き声が聞こえてくる。

 白いロボットが入ってきた穴からだ。

 そちらに目を向けると、ずんぐりとした紫色の影が見えた。何か細長い物を持っていて、光を反射して輝いている。

 また違う邪魔者が来たのだろう。

 ただお腹を満たしたいだけなのに。

 もう黒い影を食べることが叶わないと本能的に分かっていたけれど、全身の力を振り絞って最後に強引に跳びかかる。

 白いロボットが俺と黒い影の間に入って簡単に受け止められた。

 ソノママオサエテロ……。

 背後から音が聞こえて振り向くと、細長い物を上に掲げている紫の影がいた。

 ぞわりと身体に嫌な感覚が走る。

 それは本能的な命の危険だと直感した。

 逃げないと、という考えが一瞬で頭に浮かんだ。その考えに従って身体が動いたが、しかし足が動かなかった。

 見ると足がキラキラした物で完全に覆われていた。

 マッテクダサイ……。

 コノカイコウハ……。

 どこからか、びきびきびきと音が大きく響く。おかげで白いロボットと紫の影の音は聞こえなくなってしまった。

 同時に強烈な寒さが襲ってきた。

 今までで一番の強烈な寒さ。

 まるで吹雪の中に裸でいるかのような極限の寒さだ。

 身体も動かない。

 びきびきびきと言う音が他の音をすべて覆いつくしていく。

 身体を見下ろすと、キラキラしているものが覆い始めていた。このひどい音はキラキラしている物の広がっていく音だ。

 それはどんどんと身体を冷たく拘束して、まったく身動きが取れないほどになっていく。

 恐ろしいほどに寒い。

 頭以外すべて動かない。

 そしてキラキラした物が視界すらも覆い始めた。

 寒さと空腹で、気が遠くなっていく。

 キラキラした物に視界が覆いつくされ、意識は消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ