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第九話 それぞれの新しい門出

 ◇◇◇


「おじさん、体調はどう?」


 学校帰り、京香はおじさんの病院に来ていた。隣にはちゃっかり紫苑もいる。


「ああ京香、来てくれたんだね。心配かけてごめんよ」


「本当に心配したんだよ?」


「はは、過労だって言われたよ。でも、なんだかすっきりした気分なんだ」


「よかった……もう、無理しないでね」


「すまないな……隣の子は彼氏かい?」


「く、クラスメイトだよ!」


「やあ、こんにちは。こんなところまでつきあってもらってすまないね」


「こんにちは。体、ゆっくり休めてくださいね」


「ああ、ありがとう。そういえば、京香は今家でひとりなのかい?」


「ううん。おじいさんに誘われて森咲家にお世話になってるの」


「そうか、安心したよ。女の子1人だと物騒だからね」


「私は大丈夫だから心配しないで。今は体をしっかり休めてね」


「ああ、ありがとう京香」



 ◇◇◇



「おじさん、思ってたより元気そうだったな」


「うん。顔も穏やかになってて、なんだか憑き物が落ちたみたい。ずっと、空元気出してたからね」


「医者はなんて?」


「一週間もすれば退院できるって」


「そっか。良かったな」


 森崎邸に帰るとおじいさんはどこかに出掛けているようだった。紫苑が手際よく紅茶を入れて渡してくれる。悔しいが京香がいれるよりずっと美味しい。いい葉っぱを使っているのだろうが、それだけではないようだ。


「おじさん、本当に遠洋漁業に行く気かなぁ」


 京香はポツリと呟く。


「おじさんには向いてないと思うぞ?」


「私もそう思う……」


 わかっているのだ。おじにそんなことが勤まるはずがないのは。まだ京香が学校をやめて働く方が現実的だ。


「京香、おじさんも一緒にうちで暮らすか?」


「おじさんも?」


「ああ、京香の大切な家族だからな」


「紫苑……」


 紫苑の申し出は嬉しい。でも、おじは喜ばないだろう。人に頼ることができるほど器用な人ではないのだ。がんばってがんばって、頑張りすぎてしまう。そんなおじの性格を京香は痛いほど理解していた。


「いい話があるぞい?」


「じいちゃん」


「おじいさん、お帰りなさい」


「京香ちゃんのおじさんは歴史学の助教授だったじゃろ?」


「はい」


「実は町長が歴史資料館の館長を探してるらしいんじゃ」


「歴史資料館ですか?」


「ああ、それでこのあたりの歴史に詳しい人を探していると相談にきてな。うちの家がこの辺じゃ一番古いからのう。そこで京香ちゃんのおじさんを推薦しといたんじゃ」


「本当ですかっ?」


「ああ、この町だけでなく各地の歴史にも詳しく、東京の有名な大学で助教授まで勤めた人じゃ。町長も乗り気でな。ぜひ話をしたいといっていたよ。館長なら病み上がりでも椅子に座って仕事ができるし、研究もはかどるじゃろう。この町の歴史研究なら町から補助金もでるぞ?」


「おじもきっと喜びます!」


「うんうん。歴史資料館は管理人室があって住み込みで暮らせるからな。おじさんの住むところもこれで解決じゃな」


「おじさん……良かった……」


 ◇◇◇


 一週間後おじは無事に退院した。歴史資料館の館長の仕事が決まってからは、すっかり元気になって新たな研究にも意欲的だ。


「おじさん!良かったね!おじさんにぴったりの仕事だよ!」


「ああ、森咲さんにはなんとお礼をいったらいいか……」


「いやいや、助かったのはこっちのほうですじゃ。山本さん以上の適任者はおりますまい。町長からも感謝されましてな」


「期待に応えられるようしっかりと勤めさせていただきます!」


「頼みましたよ」


「ただ、京香は本当にいいのかい?」


「うん。わたしはこのまま森咲さんちでお世話になるよ」


「私と一緒に暮らしてもいいんだよ?」


「管理人室は一人用だし、アパート借りたらお金がかかるでしょ?借金はあるわけだしね」


「森咲さんが紹介してくれた会計士さんのお陰で、借金も家や工場を手放したお金で賄えることになったんだよ」


「そうなの!?良かった……」


「贅沢はできないが二人でこれまで通り慎ましく暮らすことはできる」


「そっか……うん、でもごめんねおじさん」


「意志は固いようだね。それはやっぱり紫苑くんのせいなのかい?」


 おじが退院してから、おじにはこれまで起こった全てを話した。最初は驚いていたが、元々伝承などを調べていたおじはこうしたことに京香以上に理解を示してくれた。残念ながら京香の母については何も知らなかったため情報を得られなかったが。


「姉さんもね、今思うと不思議なひとだったんだよね」


「お母さんが?」


「うん。京香は小さかったから覚えていないかもしれないけど、どこか浮き世離れしててね。京香に似て、とても綺麗な人だったよ」


「そうなんだ……」


「京香。おじさんと京香は家族だからな。困ったことがあったらいつでも帰っておいで」


「うん!」


「紫苑くん、森咲さん、京香のこと、よろしくお願いします」


「はい。同じ町内です。うちにも、いつでも遊びに来てください」


「ありがとう」


 引っ越し業者がおじと京香それぞれの荷物を次々と運び出していく。頭で理解していても、生まれ育った家や工場から去るのはとても寂しかった。寂しさをぐっと我慢する京香の手を紫苑が握る。その手の温もりがなんだかやけに嬉しかった。



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