第七話 学校にあやかしが出るなんて聞いてないっ!
◇◇◇
「ちょっと!あんたなんてこと言ってくれるのよっ!誰があんたの婚約者なのよっ!勝手なこといわないでっ!」
京香は昼休み、学校の裏庭に紫苑を引っ張ってきた。
「いきなり人気のない場所に連れ込むなんて積極的だな?」
「んなこといってなーーーーいっ!」
「まあまあ、落ち着けよ。ほら、さっそくお出ましだぜ?」
「は?」
チリーンと鈴の音が鳴ると同時に、
チキチキチキチ………
足元から虫の鳴くような音が聞こえる……
京香が恐る恐る足元を見ると、無数の百足が京香の足元にうぞうぞと蠢いていた。
「き、き、きゃーーーーーー!!!!」
京香は思わず絶叫する。
「ムリムリムリ!私、虫は無理だからっ!」
虫を踏み潰してしまうのも怖くてそこから一歩も動けない。今にも足に登ってきそうだ。涙目で紫苑に助けを求めると、紫苑はニヤリと笑った。
「どうしよっかなぁー?」
「なっ!私のこと助けるって言ったよね!?」
「んー?俺の花嫁なら全力で守るけど、違うって言われたし?」
「ひ、ひ、卑怯よぉ」
30センチを超える巨大な百足が足首にはい上ってくる。うぞうぞと蠢く様に京香は気が狂いそうなほどの恐怖を感じていた。
「いや、いや、いやだっ!」
「ちょっと遊びすぎたか。よっと」
紫苑が腕をふるうとそれまで足元に蠢いていた虫が一瞬で霧散する。
「え?え?幻?」
「だな。本体はあいつだ」
紫苑が指さした方を見ると、クラスメイトの男子がゆらりと木の陰から現れた。ブツブツとなにかを呟いている様はとても正気とは思えない。
「え、山田君だよね?」
『……許さない……許さない……お前は俺のものだっ!』
突如山田の体全体から黒い靄が溢れ出す。
「うわっ!」
「京香!後ろに隠れてろっ」
紫苑がぐいっと引き寄せて背中に庇ってくれる。
「う、うん……」
その間もますます闇は広がり、また、目の前が見えないほどの暗闇に包まれてしまった。
『コロスコロスコロスコロスコロスコロス……』
山田の目は血のように真っ赤な目に変わり、口元には昆虫のような鋭い二本の牙が突き出している。胴体はうねうねとのび、無数の脚が蠢いていた。あまりのおぞましさに京香は顔を背ける。
「な、なんで山田君が……本好きな優しい子なのに」
「心の闇に付け込まれたんだろうなぁ」
「心の闇……」
「誰だって、闇のひとつやふたつ抱えてるぜ?」
「うん……」
『ウルサいウルサいウルサいウルサいウルサい!』
「いま、助けてやるっ」
言うなり紫苑は山田との距離を詰める。山田が長くのびた体をくねらせながら紫苑に巻き付こうとするのを難なくかわすと、山田の体を縦に切り裂くように腕を一閃させる。
(あれは……爪?)
紫苑の指先が煌めいたかと思うと、山田は音もなくその場に崩れ落ちた。慌てて抱き上げると特に傷も見当たらない。
「魔を払っただけだからな。こいつに傷はつかねーよ」
「良かった……」
◇◇◇
気を失った山田を紫苑が保健室に運ぶと、2人は教室に戻った。保健室の先生には貧血で倒れている所をみつけて発見したことにした。
「山田君大丈夫かなぁ……叔父さんみたいに入院とかならない?」
「叔父さんは過労だからな。あいつは体調に問題無さそうだからそのうち目を覚ますだろう」
「そっか。よかった」
「今のことも多分覚えてないから安心しろ。あやかしに取り付かれてる間の記憶は失うみたいだからな」
「そうなんだ……」
「京香」
紫苑が京香をぎゅっと抱きしめる。
「怖かった……」
京香はぽつりと呟いたあと、
「怖かった、怖かった、怖かった!!!」
耐えきれないように泣き出した。
「ああ、そうだな。怖いな」
紫苑は京香の頭を優しく撫でる。
「最初!助けてくれなかったし!」
「悪かった」
「虫!大嫌いなのにっ!」
「覚えとく」
「紫苑の、紫苑のバカッ」
京香は、紫苑の胸に顔を埋めながら号泣してしまった。止めようと思うのにタガが外れたように止めることができない。
紫苑は泣きじゃくる京香を優しく抱きしめていた。途中教室に帰るクラスの女子と目があったのでついでに京香の髪にキスしておく。キャーキャーいいながら走り去っていったのでいい感じに噂が広まるだろう。幸いなことに京香は気づいていない。
「う、うう、紫苑」
「なんだ?」
「これからもあんなことがあるの?」
「あるだろうなぁ」
「こ、こわい」
「よしよし、大丈夫だ。俺が守ってやるからな」
すっかり怯えた京香をちゃっかり抱き締めつつニヤリと悪そうに笑う紫苑だった。