第五話 花嫁なんて聞いてないっ!
◇◇◇
おじいさんの車で森咲邸へと向かう間、京香はずっと感じていた疑問を口にした。
「ええーっと?まだお名前を聞いていなかったのですがあなたは一体……」
先程の男が当たり前のように京香と並んで座っているのだ。化け物から助けて貰った恩人である以上むげにはできないが、何者かは非常に気になる。なにしろいきなりキスしてくるような危険人物だ。
「会ったばかりなのにもう忘れたのか?紫苑だよ」
「いえ、お会いしたのは初めて……紫苑?」
「森咲紫苑。今日からお前の同居人」
「え?いえ、ははは、ご冗談を。紫苑さんは女性……」
「誰が女っていった?俺は男だけど?」
「は?はぁ!?本当にあの紫苑さん!?」
紫苑はニヤリと笑うと
「どうしたの、京香ちゃん、大丈夫?」
と艶やかな女性の声で話し掛ける。
「ちょっと待って!今の紫苑さんの声!?どういうことなのっ?」
「これ紫苑、京香ちゃんが混乱しとるじゃろうが」
「こんなに気付かれねーとはな。俺の猫かぶりもたいしたもんだな」
「待って、なんかもう何がなんだか……」
「ま、屋敷に帰ってから全部教えてやるよ」
「了解……」
◇◇◇
「私が神子の末裔?神子ってなんですか?」
「神子って言うのは、現人神、この世に人となって現れた神に力を与える特別な力を持った存在じゃな」
京香は森咲邸の居間で、紫苑と名乗る男とおじいさんの三人で対面していた。
「え?それって、私に超能力みたいな不思議な力があるってことですか?」
「残念ながら京香ちゃん自身に力があるわけではないんじゃ。だが、現人神は京香ちゃんから得た力を神通力に替えて利用することができる」
「まぁ、わかりやすく言えば贄だな。神のエサだ」
「え、エサ……」
「それもとびきり上等なご馳走だな」
「ごちそう……」
「ただ、厄介なのは、神だけじゃなくあやかしにとっても魅力的な力であることなんじゃ」
「あやかし、それはもしかして、あの化け物のことですか?」
「そうだな。あいつは神をかたるただの雑魚だが、中には本当に神落ちしたあやかしもいる。神落ちにとってお前は喉から手がでるほど欲しい存在だ」
「神子の一族はもともと神に愛された一族として繁栄していたんじゃがのう。どうしたことかぱったりと途絶えてしまったようじゃ。京香ちゃんを見つけたときは驚いたよ。神子にあったのは何十年ぶりか」
「一族ってことは、私の父か母が神子の一族だったってことでしょうか」
「そうだろうな。何か聞いたことはあるか?」
「いえ、二人とも早くに亡くなってしまったので。私の身内は叔父だけなんです」
「直接あって確かめてみたが、叔父さんには神子としての力はないようじゃな。とりあえず今代の神子として見つかったのは京香ちゃんだけじゃ」
「叔父さんは……もしかして私のせいであの化け物に取り付かれたんでしょうか」
「多分な。じわじわと精神的に追い詰めて弱らせたところを乗っ取られたみたいだ。おそらく長い間とりつかれて力を蓄えたな」
「私、これから一体どうしたら……」
「大丈夫。俺が守ってやるから」
「そもそも、あなたはいったいなんなんですか?」
「俺は猫神の末裔。現人神の一柱だ」
「猫の神様?」
「猫神はこの世にはびこるあやかしを退治する退魔の役目を代々担っておるんじゃ」
「魔を払い福を招くってね」
「紫苑さんが猫神さまってことはおじいさんも猫神さまなんですか?」
「もう引退したがのう」
京香は、頭を抱える。昨日までの日常が嘘のようだ。神とか神子とか意味が分からない。
「大体本当に同一人物なんですか?男ならなんで女装してるんですか?」
「趣味」
「はっ!?」
「これ紫苑、全く。我らは人間界に潜むあやかしを退治するために時として姿を偽る必要があるんじゃ。」
「あやかしを題材にして本を書く女流作家が、俺の仮の姿だ。あやかしの情報を集めやすいうえに敵の油断を誘うからな」
「な、なるほど」
「で、お前は俺の花嫁だ」
「……は!?」
「猫神は代々神子と結ばれて次代をつなぐ、ようやく見つけた俺の花嫁だ」
ニヤリと笑う紫苑をみて、ますます頭を抱える京香だった。