妹が織田信長だった件。(3/5)
次の日から妹は一日中そのマントを身に付けて過ごすようになってしまった。
家の中でお絵描きをしているときも、斜向いの空き地で押し花の素材を集めているときも、お友達とおしゃべりをしているときもおいかけっこをしているときも。
するとすぐに。それはまるで必然であるかのように、
「なんだそのマントー! だっせー!」
妹は近所の悪ガキに目を付けられてしまった。
最初に俺がその声に気が付いて空き地まで出ていったとき、
「ださくありません。すてきなマントです」
妹と悪ガキの間に割って入ろうとしてくれている女の子が居た。
アーチャン・テイラー。8歳。最近できた妹の友達で、
「パパが作ったマントです。すてきなマントです」
妹が赤地に黒い虎柄のマントを買ってもらった仕立て屋の娘だった。
「はいはい。ケンカしない」
俺はのっそりと力強く妹から悪ガキを引き剥がす。
「君ねえ」と悪ガキを軽く叱ってやろうとしたところで、
「うっせえ、ばーか」
と悪ガキは逃げていってしまった。まったく。どこのガキだ。親の顔が見てみたいもんだぞ。
この街は王都と大聖地を結ぶ大きな街道の途中にある交易都市で人口も多い。村民100人、同じ年頃の子どもは全員が親友同士みたいな小さな集落とは違って、自分と近しい年齢の子どもでも何処の誰だか分からないなんて事はざらだった。
「ありがとうね。妹の事をかばってくれて」
アーチャンにも声をかけて、
「大丈夫か? 信長。怪我させられたりはしてないか?」
妹にも声をかける。
「いえ。わたしはマントのことばっかりで。すみませんでした」
「おにいちゃん。だいじょうぶ。マントもさわられただけ。やぶれてないよ」
「そうか。良かったな」と俺は二人の頭を撫でてやる。
「あはは」と妹は笑った。アーチャンは「ん」とくすぐったそうに目を閉じていた。
妹は可愛い。こんなにも可愛い妹の前世が織田信長とは。嘘だと思いたかったが、嬉しそうに羽織っているそのド派手なマントを見せられると否定できなくなる。
きっと妹は「織田信長」から「趣味嗜好」を受け継いだのだ。
「もし、やぶられちゃっても」
アーチャンが言ってくれた。
「わたしのパパがきっと直してくれますから」
「でも。なおしてもらうにはお金がひつようなんだよ。おしごとなんだもん。お金、もってない、わたし」
「大じょうぶです。やぶった人が悪いんですから。お金はその人に、はらってもらいましょう」
「あい手も子どもだから。お金はもってないかも」
「うーん。そうしたらその子のパパかママに」
「あ、そうだ。その子がお金をもってなかったら、その子のかわをはいで、そのかわでマントをなおしてもらおう! これでざいりょうひはかからないね」
妹が何とも無邪気な顔をして言った。
「……はい!?」と俺は大きな声をあげる。
「びっくりしたあ。なあに、おにいちゃん。きゅうに大きなこえ」
「いや……」
聞き間違いだろうか。
「えっと。とにかく。大じょうぶです。やぶれちゃったらパパに直してもらえば」
ただ「聞き間違えた」のは俺だけじゃないらしく、アーチャンの笑顔もこころなしか引きつっているように見えた。
まさか。妹が前世の織田信長から引き継いだものは「趣味嗜好」だなんて幅の狭いものじゃなくて、もっと大枠の「性格」なのか?
だとすると。妹はこの先、あの織田信長みたいな人間に育ってしまうのか?
「織田信長」と言えば――。
「記憶」を探って真っ先に出てきたのが「比叡山延暦寺の焼き討ち」だった。
織田信長はそれが誰であろうとも何であろうとも、自身と対立した敵は許さない。
徹底的にやり込める。
自分にイジワルをした男の子の「かわをはいでマントをつくる」などという発想はまさに「織田信長」的じゃないか。
「……マズイぞ」
このままでは将来、妹はこの街を燃やし尽くしてしまうかもしれない。サイアクの場合だ。
俺は可愛い妹を第六天魔王にはしたくない。
「どうしたら……」
いままでは、昨日までは、悪ガキが妹にイジワルをするまでは、織田信長は良い子だったんだ。
あの悪ガキさえこなければ。
――そうだ。
「織田信長」だって延暦寺が敵対しなければ焼き討ちなどしなかった。
「織田信長」も「敵」さえいなければ、魔王と成る必要はなかったはずだ。
悪ガキがいなくなれば。そのイジワルを未然に防げれば。妹が過度な仕返しをしてしまう前に俺が代わりに悪ガキをこらしめてやれれば。妹が織田信長的発想を実行に移してしまう事はないはずだ。
「俺が……信長を守ってやるからな」
腰を下ろして目線を合わせて、俺は妹に言い聞かせる。
「だから信長はこのままでいてくれ。いまの信長のまま。変わらないでくれな」
俺の言葉に妹は少しだけ驚いたような顔をした後、
「うん! おにいちゃん、大すき!」
ぎゅっと抱きついてきた。
うん。妹は可愛い。大丈夫だ。
俺がこの可愛い妹の第六天魔王化を防いでみせる。
延いてはこの街を大火から守ってみせる。
俺はこの日、心にそう誓ったのであった。