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俗世界の半魔術師  作者: 柏木和人
第1章 『存在の証明』
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第2話 『前兆』

 空翔の家は大学から徒歩10分のところにあり、両親と妹の4人暮らしだ。

 大学生にもなって実家暮らしかと馬鹿にされることはこれまでに多々あったが、通っている大学がこんなに近いんじゃ一人暮らしする意味などない。むしろこの近さで一人暮らしする方がおかしいだろう。

 一人暮らしをして金欠になっている大学生を何人も見てきたから、そう言う人をみるとほんと実家暮らしで良かったと思う。実家は家賃や生活費などのお金がかからないし、使うとしても友達と遊ぶときくらいだろう。もっとも、俺は友達が少ないからそんなにお金なんてかからないけど。

 うん、この話はやめよう。



 俺は家の玄関の扉を開け、いつものように「ただいま」と言いながら家に入る。

 玄関には俺の大好物である"あれ"の匂いが漂っていた。


 しばらくすると母親がリビングから顔を出す。


「おかえりー。今日は遅かったわね」


「ああ、大学の前でなんか事件あったみたいで、それ見てたら野次馬に巻き込まれて大変だったよ」


「あら、そうなの。 大学の前でなんて心配ね。ご飯できてるから、手洗ってからリビングに来なさいね」


 俺は軽く返事をし、言われた通り手を洗い、部屋に荷物を置いてからリビングに向かった。


 リビングに行くと、父親と妹はもう食事の席についていて、予想通りハンバーグが食卓に並べられていた。


「あ、お兄ちゃんおかえり」


「おう、ただいま」


 妹の葵だ。葵と俺は3つ歳が離れていて、葵は高校3年生である。今年受験だが、葵は高校でも常に上位の成績を取っていて、俺があえて心配する必要はないだろう。運動も得意で、中学生のときからやっているバドミントンでは関東大会で入賞したこともある。

 そして何より可愛い。恋愛系の話は一切しないが、きっと学校ではモテているだろう。もちろん、葵に変な男が寄ってきたものなら、兄としての責務を果たそうと思っている。


 そうこうしているうちに、母親も食卓につき、家族で手を合わせた。

 テーブルにはハンバーグ、サラダ、ご飯とスープが並べられた。我が家のハンバーグのソースはデミグラスソースが鉄板だが、今日のは少し違うようで、和風のソースがかけられていた。


「今日のハンバーグいつもと違うね」


「あら、気づいた?今日は葵が一緒にハンバーグつくってくれたのよ」


「え!葵、料理もできるのか」


「そんな驚かないでよ。私だって料理くらいするよ。暇だったし」


「そ、そっか」


 我が妹ながらなんて完璧な妹なんだと感心してしまう。勉強やスポーツだけでなく、料理までできるとは。妹が独り立ちしていく姿が思い浮かんで泣きそうになる。


「あーちゃんはきっといいお嫁さんになるわねー」


「えーそうかな!私お兄ちゃんみたいな人以外だったら誰でもいいかな」


「な、なにを言ってるんだ葵!?」


「だって、寝起き悪いし、ずっと家に引きこもってるし、シスコンきもいし」


 俺がシスコンであることはひとまず置いておくにしても、寝起き悪いのはどうしようもないし、友達がいないんだから家でゆっくりしててもいいじゃない。

 にしても、この評価の低さには驚いた。今後改善していかなくては。


「そういえば空翔、就活の調子はどうなんだ」


 ついさっきまで、テレビに夢中になっていた父親が急に話し出したと思ったら、俺が今1番聞きたくないワードが出てきた。


 俺は今大学3年生でまさしく就活の真っ只中。これから夏のインターンシップに向けて動かなければと思っていたところだった。ただ、やりたいことが特になく、まだちゃんとした就職活動はできずにいた。


「んー、これからやるよ」


「ちゃんとやるんだぞ。いい大学いってもプータローになってるやつはいくらでもいるんだから」


「うん、わかってる」


 俺の通っている星城大学は東京では有名な国立大学のひとつで、東京に住んでいる人なら誰でも分かる。俺は昔から勉強することは苦にならなかったから、大学受験で死ぬ程勉強してなんとか今の大学に合格することができた。


 父親の言う通り、有名大学に入ったからといっていい会社に入れるかと言われるとそうではない。大学に入った喜びで気を抜いて、遊びほうけて、ニートをやってる先輩なんていくらでもいる。


「そういや、葵はどこの大学受けるんだ」


 俺は葵に疑問を投げかける。就活という話題からいち早く逸らしたかったのだ。でも、葵がどこの大学を受けるのかは前々から気になってはいた。


「んー考え中かな」


「葵は優秀なんだからうちの大学きたらいいんじゃないか?」


「そんな簡単に言うけど、あそこかなり倍率高いんだよ。模試だってB判定以上取れたことないし。それに私先月部活引退したばっかりだからぜんぜん勉強できてなくて」


「そ、そうだよな」


 たしかに、俺は部活をやってなかったから勉強一本で集中できたが、部活があるとなると勉強との両立は大変だろう。

 そんなことも忘れてうちの大学に入ったらいいのになんて、俺はなんて無責任な発言をしてしまったんだと反省する。


「どれだけ助けになるか分からないけど、勉強で分からないことがあったらいつでもお兄ちゃんに聞いてくれ」


「ありがと。 そのときはお願いするね」


「あら、なんていいお兄ちゃんなのかしら。お母さんの人参あげるわね」


「じゃあ、私のもあげる」


「いや、まじで人参だけは食べれないからやめてー!」


 こんな当たり前のの日常がずっと続けばいいとそう思う。家族みんなで楽しく過ごせればそれだけで十分すぎるくらいに幸せだ。



 その後も他愛のない会話が続き、夕食も終わりに近づいていたときだった。


「おい、このニュース空翔の大学の近くじゃないか?」


 テレビを見ながら父親が険しそうな声で言うと、家族みんながテレビに注目した。


『今朝8時頃、4区の星城大学付近で殺人事件がありました。被害者は星城大学の生徒である金森静香さん、20歳。死因は不明で現在鑑識が調査をしているとのことです。犯人は未だ捕まっておらず、同じような事件は今回で3件目であることから、警察は連続殺人事件として調査をすすめています』


 このニュースを見て、学校の帰りにみた警官達はこの事件の捜査をしていたのだと確信した。


 事件の多いこの街にしても、殺人事件は珍しい。その被害者と俺は面識すらないものの、自分と同い年で、同じ大学で、大学近くで起こった事件となると驚きを隠せなかった。


 そしてなぜか分からないが、大学前でみたあの女性の顔が思い浮かんだ。まるであの女性が何か関係していると脳に訴えてかけてくるようだった。


「空翔、ぼーっとして大丈夫?」


 母親が心配そうにこちらをみている。ついニュースに夢中になってしまっていた俺を気にかけてくれたのだろう。


「ああ、大丈夫大丈夫」


「明日から大学まで俺が車で送って行こうか?」


「父さんもそんな心配しなくたって大丈夫だって。大学すぐそこだし」


「葵も帰りは暗いんだから気をつけなさいね」


「うん」


 両親が心配するのも無理ないだろう。家からこんな近いところで殺人事件が起きてるんだ。おまけに犯人は逃走中ときた。これはしばらく我が家は警戒体制をとることになりそうだ。


 それにしても、ニュースのせいで我が家の夕食の楽しいムードが台無しだ。葵もさすがに怖いようで箸を持つ手は少し震えていた。


「葵はお兄ちゃんが送り迎えしてあげようか。なんなら、教室までついて行くぞ!」


「お父さんもついて行くか?」


「え、お願いだからやめて」


「ついでに妹に色目を使う男どもを片っ端から薙ぎ倒してこようと思ったんだけど」


「なに!?そんな男どもがいるのか!娘は絶対にやらんぞ!」


「親バカと兄バカは少し黙ってなさい!」


「「はーい」」


 我が家の最高権力者である母親に俺も父親もこれ以上のおふざけはできなかった。

 それでもおかしな2人に葵が少し笑みを浮かべる。

 そのことに安堵した俺と父親は小さくガッツポーズをした。


 やっぱり俺の妹は笑ってるときが1番可愛い。

 そんなことを思いながら、ふと見えた柱時計を見ると時刻は21時だった。大学の課題の締め切りは今日の24時。


「やべ、俺大学の課題やんないと。 あと3時間しかない」


 咄嗟に俺は立ち上がり、食べた食器を速攻で片した。


「デザートはいらないのー?」


 母親が問いかける。

 そういえばデザートがあると言ってたことを思い出したが、そんな悠長にデザートなんて食べていられない。


「ごめん時間ない!明日の朝にでも食べるから冷蔵庫に入れといて!」


 そう言って俺は一目散に部屋に向かうのだった。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







 首都高速道路、通称首都高を走る車の中、1人の女性が車の窓の外に視線を向けながら、少し残念そうな顔で話しだす。


「あの喫茶店のコーヒー好きだったんだけどな」


「あそこレイナさんの行きつけのお店でしたもんね。あの様子ではしばらくは開店できないでしょう」


「そうだよねー」


「ところで中の様子はどうでした?」


「ほとんどは警察の報告通りだった。遺体に外傷はなかったし、荒らされた形跡も特になかった。ただーー」


「ただ、どうしたんですか?」


「微弱だったけど魔素の痕跡が残ってた」


「なるほど。とすると魔人同士の戦闘でもあったんですかね」


「いいえ、単なる魔人同士の戦闘だったら魔素の痕跡がもっと広い範囲で残るはず。あれはきっと魔素の痕跡を隠したかったんでしょうね」


「なんで人間には見えない魔素をわざわざ隠す必要があるんですか?」


「それはまだ分からない。けど、素人ではないのは確かね。素人があれだけ上手く魔素の痕跡を隠せるはずがないもの」


「まさか、天魔会関連ですか?」


「私はそう睨んでる。あなた運転手の割に鋭いわね」


「いや、私は運転手じゃなくてレイナさん直属の秘書ですからね!何年一緒にいると思っているんですか!」


「そんなむきにならないでよ。ちょっとからかってみただけよ」


 女性は余裕の笑みを浮かべる。


「もうー!それで、何か対策はあるんですか?」


「んー、ひとまずは相手の動きを見たいかな。相手の組織の勢力も計り知れないし」


「そうですか。では、とりあえず4区の魔術師(ウィザード)に対応させますね」


「うん、その方向で。まあ、あそこには優秀なのがいるから大丈夫でしょ」


 すると、女性は制服の内に手を入れ何やら小さな箱を取り出した。


「ちょっとタバコ吸うなら窓開けてくださいよー!」


「わかってるって」


 女性は少し気だるそうに返事をすると、いわれた通り窓を開け、咥えたタバコに火をつけた。


「こうしてゆっくりタバコが吸えるのも今日が最後かもしれないな」


「最近タバコ吸いすぎだと思ってましたから、ちょうどいいんじゃありませんか。しばらく禁煙です」


「ふふっ、それがいいかもね」


 車の窓から入ってくる風が女性の金青色の髪を大きく揺らした。



 女性は再び窓の外を見ると、立ち並ぶビルの間に月が浮かんでいるのが見えた。


 その月はどこかうっすら青く、まるで迫りゆく運命を見透かしているかのようだった。

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