昔、男がいた
「異世物語」……
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昔、いろんな意味で、とても危険な男がいた。
高貴な血筋の生まれでありながら、政変に関わった咎で祖父が地位を失い、父親も左遷。
その男──仮にNとしておく──も、上の方から危険視されて、なかなか職に就けないなど、不遇な時期が長かった。
高貴な血に見合わない境遇が、Nの性格を刃物のように尖らせたという者たちもいるが、そうではない。
あの男がデンジャラスなのは生まれつきだ。
女をも男をも惑わす美貌。
何者をも恐れぬ、不遜な態度。
何気ない仕草や言葉の端々にすら、毒のような艶があり、意図せずに人を絡めとる。
僅かな瑕疵があるとすれば、いささか学問に疎いことだが、それを補って余りある才気が、その男にはあり……
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「お母さん、何書き写してるの?」
「ずっと昔の恋のお話よ」
「読みたい! 見せて見せて!」
「ちょっと危険なオトナのお話だから、あなたにはちょっと早いと思うわ」
「あたしだって、もうすぐオトナだもん。ねえ、ねえ読ませてよー」
「それなら、お歌のお勉強をサボらずにやりなさい。歌も分からない女は、いい恋なんかできないんだからね」
「はーい」
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レックス・ヒギンズ 監修
イルザ・サポゲニン 編著
サラ・ブラックネルブ 翻訳協力
「異世界歌物語集」第一巻
異世界に実在した危険人物にまつわる数奇な事件の数々が、同時代の人々の記憶とともに、いま赤裸々に蘇る!
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*「伊勢物語」初段