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Sonora 【ソノラ】  作者: じゅん
アフェッツオーソ
96/319

96話

「なんていうかね、その花を見てると、女性っていつまでも『女の子』なんだなって思うの。いくつになっても好きな人のことを想って、それでハラハラしたり泣いたり、時にはケンカしたり」


 それが自分に重なるようで、どこかほっておくことができなかった。それを自分なりに作ってみようと思った。それがベルの想い。


 プリザーブドフラワーは国によっては結婚式で花嫁のコサージュとしても使われる。プリザーブドの半永久的に咲き続ける特性を利用し昔から使用されてきた。永劫に誓うと、その意味を込めて。


「だからね、もしあたしが百歳になっても、寿命が来ても、ずっとママの娘。プリザーブドはそれを表したいの。でもたぶん、皆あたしがなんで選んだのか、すぐに気付いちゃってたよね?」


 一旦言葉を区切るが、ベルはそのまま自ら継ぐ。休まず動かし続けていた手から生み出されるそれは、終局を迎えた。


「あたし、シャルル君やベアトリスさんみたいに深い意味を持たせたりとか、まだ全然わかんない……でもね、自分の気持ちにだけは嘘はついてない……これで完成。エデンローズ。花言葉は――『愛』」


 完成した写真立て。それは、とてもシンプルなものだった。


 簡潔に説明してしまえば、縁にブラッケンファーン、左側に三つ右下に一つエデンローズを接着したセックに挿しただけ。技術ではなく気持ちだけが表れる。「それだけ?」と、口に出さなくても思われているのでないだろうか。それが昨日までの杞憂となっていた。


 しかし悩み抜いたベルは、ただ自分の心に正直になることを選んだ。これでよかったのか、などの疑問は持たない。自分自身がそれを抱いていると、受け取り手も不安になってしまう。そして、自信を持ってセシルの微笑みを心に植えつけた。


 確かにところどころ拙さの見えるアレンジではあると思う。まだアイディアにも若干の余念もあるだろう。しかしそんなことはどうでもいい。自分の娘が、自分のために、花を使って作ってくれたという事実。それだけでも心がいっぱいになる。


 セシルは自然と笑顔で娘を包み込んだ。今までにベルが自分のために弾いてくれたピアノ。それは形に残らないものだった。だがそれもしっかりと一音一音を自分自身に刻み込んでいる。それも大切な思い出だ。


 そして今は目の前にある宝物が愛おしい。


「やっぱりストレート……でも、ありがとう。家族の写真を入れるのにぴったりね。是非使わせてもらうわ」


「はい、すごくいい感じだと思います」


「まぁ、この私がついていたからな。これくらいやってもらわないと、私の顔もたたん」


 シャルルもベアトリスも感じる。にじみ出る想い。『ありがとう』『大好きだよ』『これからもよろしくね』。


 完成までこぎつけたのはベアトリスの助けがあったから、とセシルに説明するが、当のベアトリスは「私がちゃんと手伝っていたらもっと見栄えがいい」など、遠回しに「お前の力だ」と認める。


 『愛』を受け取ったセシルは、その縁をなぞる。


「……なるほどね、写真という家族の絆、それはずっと続く、ってこと。ストレートかと思えば、実は手元で微妙に曲がるカットボールだったわけね」


「うー、ママも野球に詳しい……」


 女性のフローリストは皆そうなの? と疑問をベルは浮かべる。


「常識よ。見たところあなたはそれしか投げられないみたいね。でも、それで構わないわ。すごく、今――嬉しい」


「ママ……」


 胸に手を添え、心でその小さなメッセージをセシルは受け取る。自分の娘の成長を噛み締め、じんわりと熱くなるものが、最近小皺が気になりだした目元にこみ上げ、その境界を一粒が乗り越えてしまい右頬を伝う。しかし親の態度を崩さず、同じ行動を起こしている娘をあやす。


「まったくあなたは。二日続けて働き先で泣く子がいますか。あなたはずっと女の子、というよりやっぱり赤ん坊ね」


「ママこそ、それじゃあ説得力ないよ」


 お互いを知り尽くした二人が繰り広げる舌戦は対等。が、一瞬間を置き、二人してどちらからともなく笑いあった。小さく笑っているはずなのに、お腹の底から笑っているような清清しさ。


 最近になってピアノを再開し、それまでの暗く沈んだ表情はどこかへ吹き飛んだ。やはりこの子はピアノが好きで、生きる条件の一つになっているのだ。笑顔の花を咲かせる、とはまさにこのことであり、セシルはシャルルとベアトリス、店の〈ソノラ〉、そして花のすべてに感謝をした。


 暖のあるその二人のやり取りはどこか見ている側も微笑ましいもので、シャルルとベアトリスは同じタイミングで安らかな色の吐息を吐く。とりあえず落着の装いを見せる場の空気を感じ、気の抜けたシャルルは「今日のご飯はなににしよう」と考えを巡らせるほどだった。野菜かな、と。


 だがそのメイン料理に煮詰まっていると、涙を拭い終わったらしいベルがインタールードを切り替える。


「……あのねママ」


「なに、ベル?」


「実は、贈りたいものはそれだけじゃないの」


「え?」


 それは一人のフローリストの脚本を外れ、次のものを広げることを意味している。

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