90話
けろりと当たり前のように『使えるものは使う』精神をベアトリスは披露する。
「実家だからできる、という強みだな。ノンアルコールだから、仕事中に酔うこともない、娘さんはご安心を」
「花にも優しい、って関係ないか。でもそういう心がけはえらいと思うわ。キーパーで冷やすのはどうかと思うけど、ね」
「善処する」
ベアトリスがそう答えるのと、トレーにシードルの入った美しい泡の立つシャンパングラス載せたシャルルがドアを開けるのと、ドアのないキッチンの隠れ蓑から着替えを終えたベルが飛び出すのはほぼ同時だった。その妙な合致にセシルは「何か変な力が働いているのでは?」と思考を巡らせた。
「お待たせしました、どうぞ」
コン、と小さな音を立ててテーブルに置かれたグラスを手に取ったベルが「ありがと!」と謝辞を述べて口にする。
ゴクゴクと喉を通り過ぎる音が相変わらず小気味良いのは、音に関するプロフェッショナルだからか。これだけいい音を出して消化されるのであれば、飲まれる液体側にとっても本望ではなかろうか。
一口で飲み干したベルは、血管を通じて全身にシードルが送られたようで爽快になった。
「うん、やっぱりおいしー! でも前と少し違うね、酸味が前よりまろやか、っていうか。ともかくこっちもおいしい!」
「産地を少し変えてみました。前のよりも少し西に」
口にするものの産まれた場所などは今まで特に気にしていなかったベルだが、そうシャルルに諭され、こんなに違うものなのかと感銘を受けた。
しかしその言の葉の中にセシルは気になる部分を見つけ眉根を寄せる。
「前、ってベル。そんなにご馳走になってるの? ごめんなさいシャルル君、あとでちゃんと支払いますから。ベルのお小遣いから引いておきます」
「ママ、ちょっとそれは……!」
すがるようににベルは母親に待ったをかける。バスケットや花籠にも興味を持ち出した今にそれは手痛い損失である。特にシャルルと学校の帰りに寄る口実もできたのだから、それだけは許してくれと懇願した。
「気にしないでくださいセシルさん。これは賄いみたいなものですから。たくさん仕入れているのと、姉さんが値切りで単価も安いので。それにこんなに美味しそうに飲んでくださると嬉しいです」
心に懸からないようにと矢継ぎ早にセシルに論告する、そのシャルルの幼い横顔がとても頼もしく見え、心から感謝の念をベルは送った。その念が通じたのか、ふと合う視線が「大丈夫ですよ」と語りかけた気がした。
「でも……なんか悪いわ」
「安心しろ、ならば今以上にこき使ってやる」
「それならいいわ」
乗り気を見せないセシルの惑いに、それならばとするベアトリスは着想をひらめかした。
それにホッとして、セシルの語気に安堵の色が浮かぶ。




