9話
まずそれは一つ目であり本題。拒否権も与えられていた事柄を、自分から受け入れる合図だった。まだすべてを信じきっているわけではない。むしろ抽象的なことが多く、それは昏迷たりうるに十分な素材量である。しかし、それでも受け入れることに決めたのは、シャルルの眼鏡の下の静かなる情熱を湛えた瞳であった。
もちろんです、とシャルルが予想通りの質問に対して説明しようとすると、ベアトリスが一歩前に出る。「背の高い」という単語が鼻についたらしい。
「我々フローリストはピアニストだ。ヴァイオリニストでもティンパニストでもフルーティストでもいい。そう思わないか?」
割り込む少女のいきなりのパスに、ベルは言葉に詰まった。
「ピアニスト……ですか? いえ、さすがに……」
「ていうか姉さん、バトンタッチって言ってたのに……」
「なに、今日は気分がいいからな。弟の手を煩わせることもあるまい」
呆れ顔を作るシャルルにそれらしい理由をつけ、高等部のブレザーを羽織ったまま、もう一度軽快なステップでくるりとベアトリスは回る。まだ現役でいける、と鏡を見て気付いたのが嬉しかったらしく、一向にそれを返そうとしないでいた。
もしツッコミをいれるようなら、あとでしっかりと口撃で返されると両名は把握していた。
「花というものはな、案外お喋りなものなのだよ」
いきなりのベアトリスの突拍子もない主張に、なんのことかとベルは目を丸くした。またも自分の常識から外れる。
ピアノと花、花はお喋り、ベアトリスが発言後に僅かに与えてくれた時間に何度も反芻したのだが、それがどうしても点と点が線で結びつかない。形のいい唇を小刻みに動かし、自分に問いかけるように咀嚼してみるが、それでも的を射る事ができないでいた。
「それより喋りすぎて喉が渇いたな。シャルル、キーパーからシードル持ってこい。ベルも飲むんだろ?」
ピアノ、花、お喋り、とまだ考え込んでちぐはぐに迷走する思考を遮るようなマイペースなベアトリスの発言に、少々の焦燥感を覚えたが、そういえばここにきた理由は喉を潤すためでもあったことを今更ながらにベルは思い出す。唾液の生温さでは少々心地悪く、流されるように、促されるように小さく肯定した。
それを見たベアトリスは悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「立ち話もなんだ、部屋を変えるぞ。座ってじっくりと教えてやるさ、フローリストってのを」
やれやれ、とシャルルは小さく息を吐き、「先輩もどうぞ奥の部屋へ」と指示する。
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