89話
怖いくらいに外見以外も似ている……、と自分なりにシャルルは決着をつけた。双子でそういった感情の繋がりがあるのは聞いたことがあるが、親子まではさすがに初耳であり、世の不思議を垣間見た。
「ええ、もしかしたらシャルル君をもっと知りたくて……だったりもして?」
艶美に細めた瞳でシャルルを舐め回すようにセシルは囲う。なぜベルはこの店を選んだのか。似ているからこそ、娘の気持ちが手に取るようにもわかるのだ。一卵性親子であるがゆえに下せる答え。
「いや、まさか……さすがにそこまでは……ないと」
「ごめん、遅くなっちゃった!」
脳の情報を読み取ったかのような精度の、セシルのスキャンにうろたえるシャルル。
それを絶妙に遮ったのは、フロアから聞こえたベルの溌剌とした声だった。そのままわき目も振らずに一直線にリビングを目指して入室してくる。走ってきたのか、しっとりと肌は汗ばみ上気している。
ベルがヒザに手を置き前屈みで苦しそうに呼吸を整える姿を見、なぜかシャルルも頬を染めた。だが、これはセシルさんが変なことを言ったからだ! と内なる自分に強く言い訳をする。誰も気にしていないというのに。
「一応、私はお客様なんだから、待たせるのはよくないわね。美味しいエスプレッソを二杯もいただいちゃったわ」
エスプレッソ、つまり喉を潤すものと連想すると、余計に自分が水分を求める気持ちが強くなり、呼吸を整えるよりもそちらをベルは優先してしまう。
「あ、あたしも、なんか、飲み物」
大袈裟なジェスチャーで深呼吸をし、呼吸を整えるベルは、体内の要求に素直に従うことにした。
「では冷たいものと温かいもの、どちらにしますか?」
内なる葛藤をなんとか静め、何事もなかったかのようにシャルルは訊ねる。顔は多少引きつりの装丁を醸していたかもしれないが問題はない。はず。
さすがに母と同じエスプレッソよりも、すっきりとした飲料をベルは選ぶ。
「うーん、走って喉渇いたから、冷たいので」
「ではすぐにシードルをお持ちしますね」
軽く会釈し、シャルルは持ち場を離れた。
「あたしもすぐ着替えるから。すいませんベアトリスさん、キッチン借ります」
合成皮革の黒い鞄を部屋の隅に置き、そこからエプロンと替えのシャツを取り出してベルは奥のキッチンへと移動する。
ベルもシャルルも共通して制服であり、スクールシャツを当然着込む。働く際はブレザーを脱ぎ、そこにエプロンを着用するだけの機能性を重視した出立ちとなる。肌寒くなってきつつある今の季節なら、本来であればシャツは替える必要も無いのだが、さすがに今日のように汗で湿って肌から離れないのは気持ち悪い。そうでなくてもベルは毎度学校から直接〈ソノラ〉へ向かう際には持っているのである。それが初めて役に立つ時がきたのだ。
いつもであればこの部屋でそのまま着替えてしまうのだが、母親がいる手前は注意されるであろうことを見越しておしとやかにすることを決めた。
「そういえば、シードルは冷蔵庫ではなくて、なぜキーパーで冷やしているのかしら。そもそも冷やしすぎじゃない?」
いそいそとベルが着替え、シャルルがそのキーパーで冷えたシードルを準備しているその間に、ふと気になった事物をセシルは口にした。彼女もシードルは好きではあるが、飲み方にそこまでこだわらない。ゆえに、どれほど味が変わるのかと気になったのだ。
「グラスを冷やしているから、まぁついでだ。そっちの冷蔵庫が小さいというのもある、だがシードルはどうも五度くらいで冷やしたのが一番美味い。と私は思うのでな」




