83話
「?」
眉を寄せるシャルルは、ベルのアレンジがどうなるのかに気付いていない様子。ならば殊更教える必要もない、セシルと同じようにサプライズとしておく。言い換えればただの『意地悪』である。見ればすぐにその意味に気付くだろうから、ほんの少しでも悩ませる。
自分でやるように言ったはずだが、カリソンのアーモンドの香りを包むベルの息がこそばゆく、具申の終わった小さな耳を軽く掻きながらベアトリスは鋭敏に未来を見る。
「なるほど、確かに今ウチにはないな。だが間違いなくあいつに頼めば持ってこれるだろう。お前、その花を――」
「はい、たぶんその考えの通りだと思います」
報告の終わったベルの横顔は爽然としており、漲る自信を表すかのようである。だからといって不安がないわけではない。むしろ六対四で不安が勝っているくらいである。しかし四あれば十分すぎる、と考えることに思考をチェンジした。おそらくこれが今自分の考えつくものの中では一番の代物。ならばこれでダメだったら仕方ない、という開き直りである。
「やはり面白いことになったな。いいだろう、少々あれは高い。が、お前の母親から道具代はもらっているから」
「……セーフ」
その花の代金のことを「少々あれは高いが」と言われて思い出して唖然し、すでに支払われていることを知り、ほっとベルは最近数ミリ膨らんだものの相変わらず薄い胸を撫で下ろした。すでに今日はお金を少々使ってしまっていたことをすっかり忘れていたのだ。胸中では「ありがとうママ!」と諸手を合わせて母の像に拝む。
「とりあえずシャルル、お前はディナーの準備でもしておけ。特に私達の力はなくとも、作れそうなもののようだ」
「それはいいけど……あの、本当でしょうか先輩?」
心配そうに下から上目遣いに見上げるシャルルの声色は落ちている。
自分のことのように弱気を見せるシャルルに、ベルは親指を立ててそれを払拭した。
「うん! まかせといて! ベアトリスさん、花の方よろしくお願いします!」
「ああ、すぐに持ってこさせる。お前はさっさと行け。たまに適当に早めに閉めたりするからな、隣の娘は」
「はい!」
踵を返し、鼻歌を口ずさみながら陽気に足早と店から出て行くベルの背中を見つめつつ、疑心顔のシャルルは小声でぼやいた。
「……まだ僕、話が飲み込めてないんだけど、本当に大丈夫なの?」
調子に乗りやすいこと、ピアニストなのに細かいことが苦手そうなこと、ざっくばらんに言うと『出たとこ勝負』に見える性格のベルには、懸念すべき点がシャルルには多々ある。もちろん信頼もある。だがそれはごく微細であり、特にあのようなスキップでもしかねない快濶っぷりは逆に怖い気がしていた。
そのギャンブルのような性格といえば、シャルルにとっては姉である。姉の場合はどんな事態に陥っても、最後には不敵な笑みで立っているビジョンしか見えない。しかし泣いている場面をよく見るベルは、最後にはやはり泣いているビジョンが見えなくもないのだ。




