72話
「話題、ね。たまに喋りすぎる花を見るのも嫌になったものだけど、不思議と数分もすると顔を覗きたくなるのよね。きっともう少し経験を積めば、ベルもこの感覚がわかるはずよ」
胸を張り「私の子なんだから」とセシルは太鼓判を押すが、話を振られたベルは横に首を振り、細く透き通るような髪を散らして再度俯く。
「わかんない、わかんないよ……なんなの話題って、全然わかんない……」
乱れるベルの呼吸を、セシルがメトロノームで矯正するように正す。
「大丈夫、きっとわかるから。この〈ソノラ〉なら、きっと。世界が一層色づいて見えるわ」
根拠があるわけではない、だがそう思わせる不思議な魅力がこの店にはある。それだけは確信していた。だから自信を持ってセシルはそう言えた。
いつもよくわからない理由で強気である自分の母親を、ベルはただ『羨ましい』と思う。今までに無謀と思えたことでも、なぜかセシルに励まされるだけで自分の気持ちがすくのを知っている。ある種の憧れに近い理想像、それを母に見ていた。
それを今も感じている。涙は流れる準備は出来ている。だが絶対に流さない。流してやらない。そう胸に誓い、強く唇を噛む。
「この子って、実はすごく泣き虫でわがままで甘えたがりなの。お店に迷惑をかける前に言っておきます。ごめんなさいね」
セシルに先手を打たれ、ベルはより強く胸に、脳に念じる。泣かない、甘えないと。
「ええ、承知しています。最初にここに来たときも、それらすべてやらかしましたから」
「でもベル先輩のアレンジの発想や、仕事を覚える気迫。僕達も色々と刺激を受けていますから。切磋琢磨ということで、すごくいい勉強になります」
それぞれの上司の感懐を聞き「やっぱりね」とセシルは薄く呆れた。
「でもそう言ってもらえると、親として冥利に尽きるわ。ありがとう、シャルル君、ベアトリスさん」
「そんな、こちらこそありがとうございます、でもその……」
その日常の他愛ない会話の成立から隔離されたようなベルにちらりと視線を転じ、落ち着かなさを感じてシャルルは話を区切る。
見えてはいないが、ベルはその視線の先にいるのが自分だと薄々気付いている。その優しさは嬉しいが、たまに痛いときもあるのだ。いつもなら言い寄るが、この時に生まれたのはそれより内部でもわだかまっていたこと。
「……ママは、あたしが両立しようと言ったとき、賛成してくれた……でも、内心では反対してたの?」
「うん?」と首を傾げてセシルはその時のことを思い出した。
「手放しで賛成してたか、というと、それは嘘になるわ。自分という例があるわけだし、秋から冬にかけてレイノーの患者数は増えていく。もちろんパパも同じ気持ちよ」
「その時反対してくれてもよかったじゃない!」
この反論の後、ようやくベルはなぜ自分がこんなにも怒りにも似た感情が渦巻いているのかに気付く。そしてそれは『混乱』から『恐怖』に移り変わっていた。
ベルは、セシルの若い頃と一卵性の双子のようにそっくりだ、と父親やセシルの友人から言われる。親子なのだから似ているのは当然とも言えるが、それを本人はうっとおしいと思ったことはない。むしろそれは嬉しいことであり、理想像である愛する母と似ていることは、幸運なことと感謝していた。




