59話
「……うん、行く。できれば、来週も空いてたら行きたいかも」
「はい、大歓迎です。日曜の蚤の市なんかも面白いですよ。それにトゥーサンの休暇も来週から始まりますし、時間はいっぱいありますから」
承諾するシャルルに、小さくベルは案じる。それはいつもと同じ行為だが違った意味を持つ。いつも以上に積極的になるには理由がある。積極的にいくなら抱きついてしまえばいいのであるが、それだとこの少年は拒む可能性が高い。ゆえに、これがベルの抑えた精一杯という、矛盾した積極性なのだ。
「……手、繋いでもいい?」
三○センチほどの隔たりをなくす、そのベルの一言の真意をシャルルは安全面で認識した。
「はい、確かに人通りもかなり多いですから、はぐれると大変ですね。特に行きなれない場所でしたら、迷う可能性もありますから」
「そうじゃないんだけど……」
「なにがですか?」
首を傾げる少年の小さな手を、むんずと勢いよく掴むベル。身長差や腕の長さから、少し体を離さねばならなくなったが、確かに指には自分以外の熱を感じる。血行が多少ではあるがさらに良くなり、少しずつ寒気を帯び始めた風が刺す肌を緩和する。
「ま、いっか」
そう呟くと、少しベルは大股に歩く。
急なペースアップにシャルルはつんのめり、転びそうになるもなんとか持ち直すと、思いついたようにベルを覗き込んだ。
「そうだ、来週はどこかで待ち合わせて姉さんも――」
「直接帰りに行った方がいいと思う。同様にシルヴィやレティシアも却下の方向で」
「なにか、お二人とあったんですか?」
「あぁもう……」
繋いでいない左手でベルは頭を抱え、その頭の内部では「なんで理解してくれないのか」と疑問を抱く。鋭い推理をする時以外は、頭部のように見えるそれはカボチャか! と、つっこむ。そもそもプロポーズまでするようなレティシアと一緒にするのは色々とまずい気がしていた。
シャルルにとって、女性とはクラスの同い年の女の子よりも、姉の存在が大きかった。自由奔放な姉に振り回されることで、女性像というものは少しずつ彫刻されてきたのだ。それゆえ、どうしてもその姉を基準にものを測る癖がついてしまった。もしここで姉さんならどうする、それが頭をよぎる。
しかし、年頃を迎えるシャルルも少しずつ新たな感情が芽生えつつあるのも実であった。それが一体どういうものなのか、自分でもはっきりと輪郭が見えない。その胸にもやつく正体。それは時として、突然に来るものである。
「……それにしても、姉さん以外の女性と手を繋ぐのって慣れてないので、少し……恥ずかしいです。今までに何度かありますけど、なんでか、今日は特に」
赤みと熱を帯びた顔をさらけることに恥じらいを感じ、終始俯き加減に歩を進めていた理由を、まごまごとした口調でシャルルは語り始める。特にたおやかに柔らかいベルの指は、吸い付くように自分の指とフィットする。ベアトリスの場合のグイグイと引っ張られるような感覚とは違った、優しく導かれるように握られることは、ほとんど経験になかったのである。
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