58話
「よろしければ放課後、ほんの少し雑貨屋でもまわりませんか?」
日曜に店の多くが閉まってしまうため、休みが多いこの国の教育制度上、一日休日である水曜と土曜には街では学生が数多く溢れる。それは初等部であれ高等部であれ、変わらないものであり、アマリヤ学園も例に漏れない。週四日の授業体制というのは少ない、という意見もあったのだが、元々一日の在校時間が長いため、二日通ったら一日休むことで学生の気力を保つことが決定づけられたのだ。
そのかわりに夕方までみっちりと学業に専念するのだが、終わってしまえばフランスの大都市であるこの街には、そういった若者が溢れかえるのには十分な娯楽施設が軒を連ねている。ましてや遊びたい盛り。
そんな学生と思しき若者群れの中に、制服を纏ったシャルルとベルはいた。人通りは平日月曜夕方であること、前述の理由で多い。観光スポットとしても有名なため、そういった団体と思しき集団も見える。
月曜の放課後、〈ソノラ〉へ向かうまでの道。ふと、自分の隣でちょこちょこと歩く少年の提案にベルは狼狽し、それが意味するものを結びつける。
「え……それってもしかして――」
放課後デート、その言葉が頭をよぎる。いつものように、シャルルの自宅兼アレンジ教室に向かっていたはずの、いきなりの衝撃。無垢な笑顔で誘われているところに若干の不満を持ちつつも、素直に嬉しいことであった。
「あの、都合が悪ければ全然断っていただいて構いませんので、お気になさらず。その場合は来週にでも姉さんと――」
「行く!」
「姉さんと」という単語が、ベルの鼓膜を震わせ、脳が認識する前に、脊髄で反射。それだけは阻止しなければならないように思えたのだ。
「では〈ソノラ〉までは少し遠回りになってしまいますが、あちらの通りからまず行きましょう。何軒かお気に入りのお店があるんです。先輩もきっと気に入っていただけると思いますよ」
姉と出かける、それ自体になんの問題はないのだが、どうも姉本人も自覚していないようなシャルルへの溺愛を目の当たりにし、どことなくベルは落ち着かないのだ。ベアトリスは一応自分よりも年上であるらしいことはわかってはいるのだが、幼児のような体型と童顔で、全体的に色気はほとんど感じない。そこは安心していいのだが、キメの細かい肌や、少し釣りあがった目が可愛いと認めている。それゆえ、シャルルと自分が二人でいられる時間はできるだけ多く占めたいと画策していた。独り占めとも言う。
「雑貨が好きなんだ。あたしも小物とか好きだけど、そんなに行ったりはしないから、今日のエスコートはまかせていいの?」
「はい、姉さんとよく行ってますし、顔も利きますので、多少まけてくれるかもしれません」
「あ、そう……」
エスコート。少し気の利いた言い回しで攻めたつもりだったが、当のシャルルはそれに特に反応は見せずに返す。それにベルは胸中で舌打ちをし、よく出る『姉』の類の言葉に口を尖らせた。自分のことをどう考えているのか、いつか問うてみたいとは思っている。
「どうかしましたか?」
「ところで、雑貨屋ってこの通りだけでもどれくらいあるものなの?」
「ビルの中などにチェーン展開してる老舗だったり、通りでひっそりと個人経営したりしてるのもあって、今日一日ではこの通りだけでもとても回りきれない程あるんです。今日だけではなく、また土曜などにもいかがですか? 学校もありませんし、ほんの一、二時間ほどですが」
次のデート、というにはまだ早い段階の二人ではあるが、その歯がゆさもベルは心地よく捉えていた。どちらかといえば自分が押さねばならないと思っていたので、逆にそういった案を練ってくれるのは、内心嬉しいのである。
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