49話
「もう平気だと自分では思っていたけれど、まだそんなところで引き摺っていたとはね。思い返せば、ここ数年食べていないわ」
しかし悲愴な気持ちで支配する精神の殻はもうない、と言わんばかりに顔を下げずにレティシアはぽつりとこぼした。無理をしているわけではない、悲しい気持ちがなくなったわけでもない。中庸というものはどういうものなのか? それを探るように生きていく。
「あの……もし明日またトーストを持っていったら、食べていただけますか?」
もう何度目かもわからなくなった無言の空間で、シャルルは身を乗り出した。新しい風は自分から発生させていかねば、そう一番の若年ながらも責任を感じたのだ。その空気感にはそぐわないような、ただの明日のランチの提案だが、それはとても優しい心遣いだと誰もが気付く。
「……ちなみに、明日はどんなトーストを考えているの?」
興味を示したのは、手にすることすら拒んでいたレティシアだった。聖母のような光の笑みを向けて。自分からも立ち向かう、そんな意思を感じ取ることができる。
「明日は、バタートーストを考えています。はちみつをたっぷりとかけて、他にも……なにかリクエストがあれば、って」
「そう……シンプルね。でも、あの子と私が一番好きだった」
遠目をして、レティシアがもう一度『クリス・キャロル』と名づけた花を見入ると、あの子が、笑った気がした。一瞬目を見開いたが、負けじと笑みで応戦する。視線を力強く、しかし柔和にシャルルに合わせた。
「是非いただくわ」
花のように、シャルルの童顔の笑みが徐々に開く。満開に達すると、快く承諾した。
「はい、腕によりをかけますね!」
そのやり取りの成立を口火に、ベルとシルヴィも歓声を上げた。そして注文をすることも忘れない。ちゃっかりしている。
「あたしは今日のやつも食うぞ!」
「じゃ、じゃああたしも……今日しっかりと味わえなかったし……」
「はい、喜んで」
明日のランチは持っていくのは大変そうだ、と先を見据えると気がかりもあるが、それ以上に楽しみでもあったシャルルは即座に引き受けた。早速どんなのにしようか、とあれやこれと考案する。アレンジと同じで、考えているだけでも楽しい。
一方、ベルとシルヴィはハイタッチを決め、喜びを表した。それは明日のランチの心配をしなくてもいい、というだけのものでは当然ない。
その温もり溢れて華やぐ三人を一瞬目に留めると、天井のさらに上の空を仰ぎ見る。そして、レティシアは小さく呟いた。
「クリス、お姉ちゃんはずっとあなたを愛し続けるわ。でも、たまに弱さを見せちゃうけど、それくらい許してくれるよね……?」
その様子を横目で温柔に見守るシャルルに、コツコツと階段からリズムのいい音をたててベアトリスが降りてきた。場の空気や状況を把握し、一段落ついたことを確認すると「ふん」とシャルルに鼻で呼びかける。
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