46話
まだ完成にはほど遠いそのアレンジの率直な感想を述べる。ベアグラスのみのアレンジが発揮する存在感は、それ単体では無骨な印象を醸し出し、早く次の花をと急かすように無言で佇んでいるかのようだ。
フローラルフォームを隠すように、深緑の葉を敷き詰めてベースを作るシャルルは、一点ではなくバスケット全体を薄ぼんやりと見る視点に切り替えた。この方がバランスが取りやすく、細かな仕上げの前と後には必要な手際だ。
「レティシアさんは家族思いで優しい。クリスさんの死をちゃんと受け止め、泣かないよう上を向いて気丈に振舞う。ですが我慢のガス抜きが出来ないことで、一度目の端に溜まってしまうと溢れ出る涙をこらえきれません」
手を止めずに続いて、薄桃色の花を様々な方向から挿すポイントを検討しているシャルルは、挿さずにとりあえず置いてみるが「むっ」と気に入らなかったのか、再度その行為を繰り返す。妥協はしない。
「なら、どうすれば正解なんだ?」
シャルルの絶妙な言葉の婉曲加減は、シルヴィの胸に浅い靄を作り続けていた。結論を言うまでのプロセスが億劫に感じられ、たまらず口をついた質問に、シャルルは低く微笑んで返す。
「正解はありません」
表情の奥に潜む陰影さとはベクトルが逆の、朗らかささえ感じ取れる明るい解答に、問うた側のシルヴィも呆気に取られた。
「ない、のか?」
「はい、答えが一つしかない数学と違って、人の心って案外複雑なもので……」
言ってからシャルルはシルヴィから視線を転じた。その意味をベルとレティシアは察する。全員が視線を交えない。
その中から、代表としてレティシアが口を開いた。別に言うまでことでもなかったが、なんとなくその場の心地よさが口を滑らせた。
「複雑なものなのよ、普通は」
何事も出たとこ勝負の単純明快を地で行くシルヴィは「?」と、自分を皮肉られた意図を理解できずに疑問がまた一つ増えた。普通?
四人の兄の下で育った一人娘ゆえの一本気、と言えば聞こえはいいが、シルヴィの両親はもうちょっと女性らしさを身につけてほしいのが本心であり、願いでもある。友人としてベルやレティシアもなんとかその方向に導いてはいるが、小さな頃から刷り込まれた精神に半ば諦めていた。
一つ咳払いをすると、「ですが」とシャルルは逆接を挟む。
「目の前で向き合って、それで泣いてあげてください。人はそんなに強くありません。時々泣いて、笑いかけてあげてください。それは、選択の一つだと思います」
ベルがハッと気付くと、すでに八割ほど完成に至っている。すでに完成品を頭に入れていたとはいえ、一度波に乗るとその手の速さはベアトリスでも認めていたことを頭の片隅から引っ張る。彼の強みは「ぶれない」ことだと。
最後の仕上げに再度バランスを取り、シャルルは魅せ方の微調整をする。数センチではあるがレティシアにマスフラワーを見えやすいように置きなおし、自身は一歩下がった。
「ネリネ、ローズゼラニウムにアイビーとベアグラス。そしてメインにスターチスイエローを使ってみました」
そこには、きらめきを纏い、桃色と黄色と緑に彩られた一つの小さな世界を、囲うように大胆で巧みに外すベアグラスの妙。本やテレビで見るのとは全く違う、本物の自分のためのアレンジが目の前に置かれた。
――息を飲むとはこのことだろうか。
アンバランスに見えるそれは見るほどに惹きつけられ、なにか花の迷路に迷い込んだかのような心の弾み。
斬新であること、少し特殊であることは一目瞭然であったが、だからといって花の魅力を失うことのない装い。
最初のベアグラスだけの時には感じられなかった、絶妙な一体感をレティシア、そしてシルヴィは感じ、ベルはそこに紡がれる音を聴く。
ふと手を伸ばしてみて、しかしなぜか触れてはいけない気がして体を振動させ、伸ばした手を引いたレティシアに、シャルルは「どうぞ」と接触を促す。
たどたどしい手つきでレティシアはそれぞれの花弁に触れると、もう一度全体像を認めた。目を閉じ、その接する部分からなにかを読み取るように玩味する。そのまま天を向き、そして、笑った。
「そう……わかったわ」
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