39話
握られていたレティシアの指に力がこもる。
「おと、うと?」
「どういうことだ?」
意味がわからない、とベルとシルヴィの二人が表情でも訴え、お互いの顔を見合わせる。目のみで応答すると首を振って否定しあった。
「シャルルという名前で、そしてこの花屋のフローリストです」
「……」
その顔景色を見ることはできないが、シャルルは覗くようなことはしない。もし言ってくれるのであれば待つ、言いたくなければ言わなくていい。その想いを互いの指を媒体に伝える。言葉でないからこその遠回りな表現が、少しずつ心の壁を穿っていく。
「弟ってどういうことだ? シャルルはベアトリスの弟で、レティシアの弟じゃないだろ」
状況がまだよく飲み込めていないシルヴィが痺れを切らすが、どちらに問うていいのか答えが出ず、やむなく事実のみを空間に伝え、詰問をすることはできなかった。さらにこの重力が増したかのような重苦しい空気を、未だかつて知り合ってから体験しておらず、そのもやもやした気持ちの逃げ場所が見つからずに頭を抱えた。
指を解き、たっぷりと十分すぎるほどに呼吸を置くと、ゆっくりとレティシアがその想いを音に変換する。
「……なぜそう思うの?」
そのレティシアの震えた弱弱しい口調から、その場にいる者は彼女の内面の脆さを肌で感じた。完全に氷は融解したと言っていいだろう。レティシア自身、友人に初めて見せる自分の崩れゆく姿であり、どうすべきなのかわからずにいた。
儚さと脆さを程よくブレンドしたそれに、シャルルは丁寧に応じる。
「まず一つ目に、今日の昼に出会ってから一度もレティシアさんは僕の名前を口にしていません」
「あ……」
記憶の断片を覚えている範囲で組み合わせ巻き戻すと、言葉通りのカタルシスを感じたベルは驚駭した。
「名前を呼んでいない」、その通りであった。文脈から考えて通じていたため気にしていなかったが、あれほど溺愛しているはずのレティシアの口からは「シャルル」という単語を聞いた記憶がない。そして極めつけの「その子」扱いだった。
「おそらく、僕を弟さんと認識しようとする体と、異議を唱える精神の間で揺れ、どっちつかずで曖昧な結果が出じたんだと思います」
あくまで推測ですが、と一面的であると付け足すものの、反論の余地を見出せないレティシアの沈黙を同意とする。重力に従うはずの涙が見受けられないことから察し、感情の山を越えたことを悟り、それは確信と変わった。
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