38話
「ダメだ、役に立ったのはベルだ」
「なんだよもー」と不満をもらしつつバラを元に戻すが、シルヴィもその空間を包み込む圧迫感に気付き、口をつぐんだ。
「あなたの居場所はそっちではないわ。帰ってきなさい、ここへ」
名詞はない、だがそれはシャルルに対してのものだとはその場にいる全員が悟った。
「早く!」
片側のみ開いた扉から店の外へまでそのレティシアの癇声は響き、通行人がざわめく。それに気付いているが、彼女はそれでもまだ溢れた感情は止まらない。
「あなたはここに帰ってこなければいけないの! わからない!? どうして!? またあなたは……私の……!」
ヒザを折り、その場に倒れこむようにレティシアは泣き崩れた。とめどなく溢れる涙がその白く染み一つない太腿に、スカートに、オスモカラーの床に、水分を与える。艶美な赤褐色の髪ですら、悲哀を内包しているように見えた。
「レティシア……?」
その光景は、ベルがシャルルと手を繋いでいることを忘れるほどに突然のことで、駆け寄ろうと一歩踏み込んでから繋がりに気付くほどだった。その接合部分に目をやり、駆け寄ろうとしていた足を止めてその場に立ち尽くす。
店主のベアトリスはリズムを刻んでいた足をいつの間にか止め、自分のやるべきことはない、という風に踵を返した。
「もういい、私は上にいるから。その修羅場はシャルル、お前がなんとかしろ」
コツコツと歩く靴の音がやけに響く。黒い扉に手をかけると、シャルルに言葉を継ぎ足した。
「ベアグラスは今日ちょうど仕入れたところだ。ワイヤーも好きに使え」
シャルルの返事を聞くまで待たず、乱暴に扉を開いて奥に消えた。
その発言の意味、もしかしたらと思っていたが、姉も気づいていたとシャルルは確信する。
「うん、ありがと、姉さん」
曇天模様だった顔を上げ、聞こえるはずのない感謝をシャルルは口にする。姉の言葉は自分のやろうとしていることをも的確に見抜いていた。おそらく、彼女がレティシアとの共通点に気付いたのは、すぐのことだったのだろう。
「ベアグラス?」
聞きなれない、が「仕入れた」というところから、花の名であることはベルも気付いた。しかしそれの意味するメッセージや、シャルルとベアトリスの心の内は読めずに語尾を上げる。まだ彼女の知る花の種類には入っていないのだ。
その問いかけには答えず、シャルルは顔の高さを、本来なら自分よりも三○センチ以上背の高いはずの女性に合わせた。俯いたままその女性の手を取り、優しく握る。
「僕は……レティシアさんの弟ではありません」
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