37話
つま先でトントンと地面を叩いて不機嫌さを表現しながら命令をするベアトリスは眉を狭くしている。どうやら満足のいく結果が出るまで見続けるらしい。シルヴィは食糧、ベルは上司としての職権。それぞれを使い分けていた。
が、ベルは上から命令されたから、というわけではなく自分自身も一刻も早く分離させたいと思っていたところに、それがきたのだ。大袈裟に言えば僥倖である。
「レティシア、放してやれ。お姉さんがそれをご所望らしいぞ」
食べていい、と言われベアトリス側についたシルヴィは直球で攻める。食料がかかるとシルヴィはどんなことにも気合が入るのを悟っていた。
「私は私がこの状態をご所望なの。それにあなた、生で食べてお腹壊しても知らないわよ」
バラは食用の花でもある。が、食べる際には殺菌剤などを使用している場合が多いため、名目としてはシルヴィの体を気づかう形でレティシアは主張した。
その言葉の棘は、ベアトリスのつま先のリズムを速めた。とても不愉快だ、と。声のトーンが低く落ちる。決して声を荒げないところが、逆に怖さを引き立てている。
「なめるな。ウチの花は農薬などの薬の類は使っていないものを仕入れている。というかシャルル、お前から離れろ。わかっているのか?」
その矛先が自分に向けられたシャルルは、凶悪な気配を察知して力を込めるが、同時にレティシアも力を込める。力の不等号はレティシアに口を開いているのだ。
しかしそこにベルという第三者を加えることで、ようやく自由の身をシャルルは手に入れた。数時間ぶりのような、と大袈裟に表現してもいいほどの疲れが押し寄せている。バラの香りは一旦弱まった。
「すいません、ありがとうございます、ベル先輩」
顔を真っ赤にしてシャルルは謝辞を述べると、手を繋いだままベルは横に少年を置いた。
自分の両手に視線を集め、呆然としつつレティシアは声を上擦らせた。シャルルをマイナスしただけなのに、それだけで焦りの色が広がっていく。氷のように冷ややかに、物事を処理するいつもの彼女からは聞くことの出来ない声色である。
「なに? 邪魔をするの? あなたには関係のないことでしょう。その子を返しなさい」
「どうしちゃったのレティシア……?」
ベルはシャルルと繋ぐ手の握力を増した。握られる彼が多少の痛みを感じる程に。
レティシアは狂気じみた、と言っていいほどの三白眼で睨みつける。
「その子」と表現されたシャルルは、俯いたその童顔に心悲しい表情を覗かせた。
「なあなあ、このバラ食ってもいいのか?」
緊迫した場に似つかわしくないトーンが違う方角から聞こえたが、ちらりとも見ずにベアトリスはおあずけをする。それに今はそれどころではない。
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