319話
「『幸運』と『不満足』。それがダニエル・トンプソン監督の伝えたかったことだそうよ。どんなに恵まれている人間でも、心の中には葛藤があって。さらにより良い自分を追い求める。だけどその方法がわからず、自身を追い詰めるってわけなのね」
パリ八区。高級ブランドが立ち並ぶ通りの小さなカフェ。映画『モンテーニュ通りのカフェ』のロケ地でもある適度に混み合う店内で、ララ・ロイヴェリクは窓際の席でソファーに座り、バルサミコ酢とクロワッサンを楽しむ。
『モンテーニュ通りにはあらゆるパリが存在する』と言われるように、劇場やオークションハウス、老舗カフェに夢と希望。ありとあらゆるものが集まり、消えていく。儚くも美しい通り。そしてこの映画の原題は『オーケストラシート』という。それは一体どういうものなのか?
舞台が始まる前に、観客はより良い席を求め、前の席を目指す。だが照明が落ちてわかる。近すぎて見えない。つまりは、目の前にあるものが見えず、遠くの良いものを求める人々。それがオーケストラ席。シート。この作品の主役は、話の中心となるギャルソンのジェシカではなく、この店を利用する成功した苦悩者達。
オーケストラ席は基本的には、一番高価な席である。言い換えれば、一番適した席。自分には自分に合ったオーケストラ席を。それが主題。
という映画のあらすじはともかくとして、体も心も緊張したまま、隣り合うソファに座って対面するベル・グランヴァルは、どもった声で、
「……はぁ、あの」
と返すことしかできない。勧められて飲んだコーヒーの味は。華やかだけど苦い。
まるでイタリアのバールでエスプレッソを楽しむように、カウンターで立ったままコーヒーを飲む人々。老舗の雰囲気満載の、年季の入ったテーブルやイスに腰掛け、会話を楽しむ人々。新聞を読みながら時間を潰す人々。様々だが、彼らには彼らの幸運と不満足がある。




