315話
あれ? これ聞かないほうがいい話かな? と躊躇するシャルルだが、意を決する。
「……はい、とても」
もしも紅茶と花が。その背中を後押しできていたのだとすれば。結果、幸せに繋がるのだとしたら。
ここまで場を整えておいて、やっぱり言うのをやめようかとも考えたが、レティシアは頭の中にあるぼんやりとした未来図を描き出す。
「モデルね。正直、尊敬する人物がその職業に就いているというだけだから、自分自身が目指しているというのとはまた違うかも。少し時間が経ったら、また目標も変わるかもしれないし」
このフラワーティーのように。もうひと口。今は甘い。だけど少しずつ苦味が出てくるように。甘美なだけではない。だからこそ今は、と保険をかけておく。
空間が和らぐ。初めてそこで、アニーは心も繋がった気がした。
「いいっスね。身長とか。佇まいとか……羨ましいっス」
あと十センチ……いや、一五センチは欲しい。一七〇近くあるのは単純に。羨望。
自身のスタイルがそれなりに優れている、というのはレティシアにもわかっている。自身の心臓。鼓動。胸に手を当ててみる。
「別に望んだわけでもないけれど、あるのなら使ってみたいじゃない? それだけ。なれないならなれないでかまわないし、とてもぼんやりした考え。シシー・リーフェンシュタールさんにも後押しされたことだし」
見惚れるほど美しい彼女からのお墨付き。ならば、謙遜するのも申し訳ないでしょう。煽られたら乗っかるのも時には必要。
あー、と険しい顔つきでアニーは納得。
「あの方は特別っスから。容姿もそうですけど、円周率を百兆桁まで覚えているって言われても信じられるほどっス。上手くいく気しかしないです」
今夜は石油王と食事、と言われても冗談だとは思えない。そんな人。
すごい人なのだろうけども。すごい人なのだろうけども。シャルルには『怖い』という印象が植え付けられる。
「……なんとなく、会わずに過ごしたほうがよさそうな方だとはわかりました」
出会わずに生涯を終えたほうがいいのかもしれない。いや、いない人のことをここで悪く言うのも……悪くは言っていない。なのに、身震いするほどの恐ろしさがある気がする。
そしてそれにはレティシアは複雑な思い。話も面白いし、彼女とはいい友人としてやっていけそうではあるが。
「美人よ、すごく。私よりも彼女のほうがモデルに合ってると思う。でも、あなたは会わなくていいわ」
この少年に悪い虫をつけるのは忍びない。虫といっても、優雅に舞う蝶のような人物だけれど。もし彼女に気に入られてしまっては。さすがに自分も不利でしょうから。




