31話
机越しに乗り出して、勢いよくシルヴィは顔をレティシアに近づけた。鼻先数センチでピタリと止まり、目元が多少釣りあがったレティシアの左右の瞳はシルヴィ色に染まる。人は情報の八割は視覚から得るというが、その八割の中の九割を奪われた形である。
「お断りね。私はそこまで食にこだわりはないわ」
目を逸らさずしれっとレティシアは却下すると、「とにかく」とシルヴィの肩を押し戻しつつ状況を整理した。
「でもどうするのベル、まさかちゃんとした昼食をとらないつもり?」
自分の身を気づかってくれる友人に感謝の念を覚えつつ、催眠術で操られているかのごとく、たどたどしくベルは予定を口にする。
「やや……昼休みも花を教えてって言ったら……シャルル君がお弁当持って……来るって……」
「あいつがここに来るのか。相変わらず几帳面なやつだな。あたしだったら絶対断るけどな。というか、お前その状態で教わるのか?」
「誰?」
知らない名前を耳にし、理系であれば学年で指折りの頭脳を持つレティシアは記憶を遡る。
その疑問をシルヴィは言いにくそうに鼻の頭をかきつつ説明する。
「初等部のヤツでな、その花屋の店員なんだが、そのまぁ、なんだあれは。小動物系の? 可愛い系? 猫? よくわからん!」
上手いことシャルルを他の物質になぞらえることが出来ず、シルヴィは最後に声を荒げた。
「可愛い」という言の葉がレティシアの鼓膜を震わせた瞬間、その体がピクリと動いた。ボリュームのある胸もついでに揺れる。姿勢を改め、背筋を伸ばして聞く体勢を作った。
「それで?」
「なんかこう、抱き枕にしたら気持ち良さそうなサイズでな。ふちゃー? ふにゃー? ああもう、ともかくよくわからんヤツなんだ」
「そういえば……レティシアって可愛い小物とか……鋭そうな外見に反して……好き、だよね」
なんとか食糧を胃に入れて溜めができたのか、単語の組み合わせで喋れるまでには回復したベルが、机の上に置かれているレティシアのクマのペンケースを凝視する。
その視線に気付いたのか、レティシアは恥ずかしそうに俊敏に手にして抱き込む。
「わ、悪い!?」
「いや、なんか、可愛いなって」
焦る大人びた少女を見て、ベルの頬がニヤケる。実際、レティシアは長身で、切れ長の目は鋭く、見るものを惹き付ける魅力がある。その大きすぎる胸のサイズ以外は今すぐにでもモデルで通用しそうな、クールビューティだと思っていた子のさりげないあどけなさは、女性である自分から見ても可愛いと思えたのだ。
「可愛い、って……」
どうあしらえばいいのか、とレティシアが迷いを見せていると、扉が二度、たっぷりの間隔をおいてノックされ、ゆっくり開かれる。
と、同時にがらんとした教室に入ってくる小さな体躯。落ち着きながらも高い声。
「あの、失礼します。あ、先輩」
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